M&Aの基礎知識 2021/12/19

コロナで経営不安となった企業のための、経営資金繰り支援策と自力再生以外の対策

コロナで経営不安となった企業のための、経営資金繰り支援策と自力再生以外の対策
                    

新型コロナウイルスの流行により、経営不安が深刻化して経営者は存続判断を迫られ、数多くの企業が資金繰りの対策を行っています。特に中・小事業者では、財務体質が大手企業と比較すると弱含みであることと、大手企業やそのグループ企業よりも信用力が乏しいことが影響し、金融機関からの新規調達借入が難しい状況となる場合があります。その故に、資金繰りが回らなくなり、廃業を選択する事業者も徐々に増加傾向にあります。政府としては、新型コロナウイルスの影響を受け、資金調達が困難な中・小企業の資金繰りを支援するため、特例として融資制度・信用保証制度の拡充を実施しています。また一方で、倒産や事業休止において自力での再建に不安を感じている経営者がとる方法のひとつが、事業承継です。事業承継を適切に行い、他の企業と連携を図ることで、自力再建では実現できなかった新しい道が拓けることがあります。このコラムでは、コロナ禍の経営不安で自力再生が厳しい経営者に向けた対策、事業承継について解説します。コロナにより先行き不安を感じておられる中小企業の経営者のみなさんに参考となれば幸いです。

コロナ関連倒産の現状

コロナウイルスの影響を受けての倒産は、2021年7月21日時点で発生累計が1788件となっています(帝国データバンク調べ)。コロナ関連倒産では、「破産整理」が1554件と発生件数全体の86%を占めているのが現状です。

とくに、テレワークや外出自粛に対応できない業種である飲食店や建設業、宿泊業の倒産は多くなっています。倒産に追い込まれた企業は、もともと経営状況が悪化している中で、コロナが決め手となるケースも少なくありません。さらに、飲食店や宿泊業の倒産は、食品卸や観光業への連鎖が避けられない状況です。

参照元:帝国データバンク https://www.tdb.co.jp/tosan/covid19/index.html

コロナ経営

コロナ禍の経営不安の正体

コロナ禍で業績が悪化した企業の経営者は、以下のような不安を抱えていらっしゃるのではないでしょうか。

  • 取引先企業の影響を受けた“連鎖倒産”を避けられるだろうか。
  • 事業存続のために自力再生ができるだろうか。
  • 以前のように売上が戻ったとしても、コロナで受けた融資は自力で完済できるのだろうか。

いずれにしても、不確実性の高いコロナウイルスの流行は、先行き不透明感を生み、事業における中長期的な見通しをたてづらくなっています。その中で、足もとの売上も低迷し運転資金の工面さえままならない状態で、経営を続けていくのは経済的にも精神的にも大きな困難を伴います。

コロナ禍の経営不安への対処:売上減少が「見込まれる」場合に利用可能な融資制度

セーフティネット貸付

「セーフティネット貸付」は以前からある制度で、主に自然災害時に適用されていましたが、コロナ対応として利用条件の緩和が実施されています。

従来までは過去の実績等と比較して売上が減少した事実が必要となる、いわゆる売上減少要件がありましたがそれが緩和され、売上減少が「見込まれる」場合であれば利用することが出来るようになりました。

  • 利用対象:中小法人、個人事業主など
  • 売上条件:コロナの影響が見込まれる事業者であれば利用可(※実質無条件)
  • 金利:中小11% 個人1.86%(※基準金利)
  • 融資限度:中小事業2億 国民事業4,800万円
  • 据置期間:3年
  • 貸付期間:設備資金15年以内、運転資金8年以内
  • 担保・保証人:原則必要

対象期間の売上減少が「5%以上」で利用可能な融資制度

コロナの影響で売上減少が5%以上ある事業者は、以下3つの制度から支援を選択することが可能です

  • 新型コロナウイルス特別貸付
  • 商工中金による危機対応融資
  • 新型コロナウイルス対策マル経融資

ただし、②「商工中金による危機対応融資」は、これまでに商工中金と取引がない事業者は、商工中金の新規審査の基準等を勘案し、実質的に利用する事が難しい状況になっています。

③「新型コロナウイルス対策マル経融資」は商工会議所の経営指導員の指導を受ける必要があり、意思決定に時間を大幅に有することから、実際には利用者の大半が①「新型コロナウイルス特別貸付」を選択しているとのことです。そのため、今回は「新型コロナウイルス特別貸付」に関して記載致します。

新型コロナウイルス特別貸付

  • 利用対象:中小法人、個人事業主など
  • 売上条件:5%以上の売上減少(※個人事業主は条件無し)
  • 金利:当初3年間(金利21%~0.36% ※以降は基準金利適用)
  • 融資限度:6億円(利下げは2億円迄)
  • 据置期間5年
  • 貸付期間:設備投資20年以内、運転資金15年以内
  • 担保・保証人:原則無担保で利用可

コロナ対応の信用保証協会による信用保証

信用保証協会とは、信用保証協会法という法律に基づき、信用力の乏しい中小企業・小規模事業者の資金調達支援、資金繰り安定化のために設立された公的な信用保証機関です。保証協会は事業者が金融機関から資金を調達する際に、事業者への「信用保証」を通じて信用力を付与し資金調達のサポートを行います。信用保証協会による信用保証の主な特徴については以下の通りです。

  • 取引金融機関からのプロパー融資と保証付融資の併用により、融資枠の拡大を図れる
  • 多様なニーズに応じて利用できる保証制度を用意
  • 長期借入金に対応した保証制度を用意
  • 無担保で利用可能

コロナ対応として新たに信用保証の対象となったのは、「セーフティネット保証4号」、「セーフティネット保証5号」、「危機対応融資」の3種類です。

セーフティネット保証4号

突発的災害の発生した地域において、災害等に起因し売上高減少している中小企業者を支援するための制度です。現在は「令和2年新型コロナウイルス感染症」だけではなく、「令和2年7月豪雨による災害」「令和2年台風第14号に伴う災害」等が指定案件となっています。

対象事業者

指定地域で1年間以上事業を継続していること(※新型コロナウイルス関連については、全ての都道府県の「業歴3カ月以上」と期間減少されています。)

政府指定を受けた特定災害の発生により、最近1か月間の売上高又は販売数量等が前年同月に比して20%以上減少していること
その後2か月間を含む3か月間の売上高等が前年同期に比して20%以上減少することが見込まれること

保証限度額

普通保証:2億円以内 無担保保証:8,000万円以内
無担保・無保証人保証:2,000万円(※一般保証とは別枠で保証)

セーフティネット保証5号

全国的に「業況の悪化している業種」の中小企業者を支援するための措置ですが、長期化する新型コロナウイルスによる経済の低迷を受け、令和2年5月1日以降は原則全業種が指定対象となり対象範囲が拡大しています。信用保証協会の一般保証(2.8億円)とは別枠で、最大2.8億円の借入債務の80%について保証を受けることが可能です。

対象事業者

  • 指定業種に属する事業を行っており、最近3か月間の売上高等が前年同期比5%以上減少の中小企業者
  • 指定業種に属する事業を行っており、製品等原価のうち20%を占める原油等の仕入価格が20%以上、上昇しているにもかかわらず、製品等価格に転嫁できていない中小企業者

保証限度額

セーフティネット保証4号と等しい条件

危機関連保証

新型コロナウイルスの影響によって、新たに全国・全業種の事業者を対象に設けられた追加保証枠が「危機関連保証」です。売上高が前年同月比15%以上減少する中小企業・小規模事業者に対して、セーフティネット保証とは別枠として2.8億円の借入債務の100%を保証します。

対象事業者

新型コロナウイルスに起因し、金融取引に支障を来しており(リスケの実施等)、金融取引の正常化を図るために資金調達を必要としていること。

原則として、最近1か月間の売上高等が前年同月比で15%以上減少しており、且つ、その後2か月間を含む3か月間の売上高等が前年同期比で15%以上減少することが見込まれること。

保証限度額

普通保証:2億円以内 無担保保証:8,000万円以内
無担保・無保証人保証:2,000万円

(※一般保証・セーフティネット保証4号5号とは別枠で保証)

コロナ禍では、大多数の事業者の方が大幅な売上減少を経験しています。複数制度がある中で、実際にどの制度を利用するべきか過去の事業活動や、事業規模、現在の財務状況などを鑑み判断する必要があります。資金繰りが悪化傾向にある場合は、できる限り迅速に金融機関の窓口や専門家に相談しサポートを受けましょう。

参照資料

日本政策金融公庫経営環境変化対応資金(セーフティネット貸付)ページ:https://www.jfc.go.jp/n/finance/search/07_keieisien_m.html

全国信用保証協会連合会HP:https://www.zenshinhoren.or.jp/index.html

コロナ禍の経営不安への対処:事業承継

コロナウイルスの経営不安を回避する対策として、政府では世代交代の事業承継を推進しています。事業を引き継ぐ後継者がいれば税制上の優遇措置が受けられます。しかし、事業承継において、すでに後継者が決まっている企業は少ないのではないでしょうか。後継者不在の場合、親族内承継、従業員承継、第三者承継など幾つかの方法がありますが、親族内承継、従業員承継は人材の選定や資金の準備などに時間がかかることも多くあります。短期で検討できる処方箋という観点では、第三者承継を選択する必要があります。

参照元:帝国データバンク https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/p210605.html

コロナ禍の経営不安対処:第三者承継

第三者承継は、事業承継の方法の一つです。現状の企業経営者が後継者不在のため、第三者に経営権を譲る方法になります。
第三者承継は、次のような状況下において効果的です。

  • 後継者がいない
  • コロナによる収益獲得ができない
  • 金融機関からの資金調達ができない

事業承継や第三者承継には補助金も適用されるものもあります。

中小企業庁より令和2年度第3次補正予算「事業承継・引継ぎ補助金」の公募が開始されています。事業承継による補助金は400万円~800万円を上限とする規模です。

本補助金は“事業承継やM&A(事業再編・事業統合等。経営資源を引き継いで行う創業を含む。)を契機とした経営革新等(事業再構築、設備投資、販路開拓等)への挑戦に要する費用”とされており、事業承継やM&A(第三者承継)にかかる費用の一部を補助するものとなります。

参照元:中小企業庁 https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/2021/210702shoukei.html

第三者承継

第三者承継のメリット

  • 後継者問題から解放される
  • 旧社名を残して事業を継続できる
  • 買い手と売り手のシナジーが期待できる
  • 雇用の継続ができる
  • 取引先や仕入れ先との関係性を続けられる
  • 譲渡代金を受け取れる

後継者問題からの解放

後継者問題は、少子高齢化の進む我が国の大きな課題です。
子供がいない家庭はもちろん、なんらかの事情で子供に経営のバトンを渡せない状況など、親族内承継がスムーズに行えないケースも多くあります。事業承継において、第三者承継の取り組みは今後ますます標準化していくでしょう。
経営に第三者的視点がはいることなど、副次的メリットも大きいです。

旧社名を残した事業継続

事業承継後も旧社名を残した事業継続が可能な場合もあります。
コロナの影響がなければ経営が順調だった企業の場合は、旧社名を残した承継では、取引先や仕入れ先の信用につながることが考えられます。事業自体がまったく新しい発想となる場合は、旧社名を残さないケースもあるでしょう。
社名に関しては、事業状況により判断が左右されます。

買い手と売り手のシナジー効果

買い手が売り手の事業を引き継ぐことで、買い手が既存に持っていた事業や経営資源と、売り手から引き継いだ事業やノウハウ・経営資源を組み合わせることで相乗(シナジー)効果が発生することが考えられます。シナジー効果は、売り手・買い手双方の事業にプラスになることが多く、事業の停滞によって引き継ぎを決めた売り手の事業が、シナジー効果によって再生する事例などもあります。
事業承継先を選ぶ際のポイントとしてシナジー効果は重要です。

雇用継続

事業承継をせずに廃業を選択した場合、雇用している従業員は原則解雇となります。事業承継で事業や会社を残すことを選択した場合には、買い手の方針にもよりますが、従業員の雇用を継続できる可能性が拓けます。通例、事業承継をした買い手も、引き継ぎ後の事業を滞りなく運営するために従業員を継続雇用するケースが多く見られます。

取引先や仕入れ先との取引継続

売り手の取引先や仕入先は重要な経営資源になりますので、事業承継の際には、取引先や仕入れ先との取引継続を買い手から望まれることが多いです。事業継続により、従来の取引を継続できれば連鎖倒産の防止にも役立つでしょう。

譲渡代金

事業の売り手経営者には、会社(株式)や事業の譲渡代金が入ります。その他、退職金等が支給される場合もあります。
株式譲渡代金や退職金等は税制の観点からも役員報酬や給与所得より優遇されていますので、ある程度まとまった資金を手元に残すことができる可能性は高まります。

まとめ:経営資金繰り支援策と自力再生以外の対策

コロナ前と同様の経営においては、急激な環境変化に伴う一時的な手当てができたとしても、負債の増加など、経営に対する悪影響は免れません。中長期的に考えれば尚更のことです。見通しのつかない不安もある中で、環境変化への対応を実行しなければいけません。

独立独歩での事業回復以外の選択肢として、第三者承継を活用した事業承継も有用な選択肢の1つとなりえます。事業上の相乗効果や、資本力や経営資源の豊かな企業とタッグを組んで業績の回復や再成長を志向するのもアフターコロナの新しい手法と言えるでしょう。この記事で紹介した事業承継のメリットと一致する部分があれば、ぜひ前向きに検討してみることをおすすめします。

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レーマン方式とは?~M&Aにおける報酬はどのように決まる?~
レーマン方式とは?~M&Aにおける報酬はどのように決まる?~

はじめに

中小企業経営者の高齢化に伴ってM&Aを利用した事業承継が活発に行われています。中小企業にはM&A取引を行うだけのリソースが限られているため、M&A仲介業者にM&A取引を委託するのが一般的となっています。

一方で、M&A仲介業者に支払う報酬(手数料)の不透明さや不公正さが問題となっています。M&A仲介業者ごとに、中小企業側が支払うべき手数料が異なっていて、“中小企業側がその報酬額が妥当であるかどうかが判断できない”ことが大きな問題となっているのです。M&A仲介業者が利益を得る方法は様々です。取引ごとに定額で手数料を徴収する方法、取引額に応じて手数料を得る方法、あるいはその両方を組み合わせた方法などがあります。

結果として、M&Aにおける手数料の算定方式の標準化を目指して、近年では手数料の算定方式が一定程度整備されました。M&Aにおける手数料の算定方式としては「レーマン方式」と呼ばれる方式が広く実務に浸透しています。

今回は、M&Aにおける手数料の算定方式である「レーマン方式」について詳しく解説していきます。

レーマン方式の由来 〜M&Aにおける報酬を計算する〜

レーマン方式によるM&A仲介業者の報酬計算式はもともとリーマン・ブラザーズが顧客のために事業資金を調達する際に使用するために1960年代後半に開発されたものです。英語圏はLehmann Formulaと呼ばれており、英語圏の発音に則ればリーマン方式と呼ぶほうが妥当でしょう。

それでは、なぜ日本ではレーマン方式という呼び方となっているのでしょうか。

その理由は、日本においては、レーマン方式は「ドイツの経営学者であるレーマンの学説を応用した成果配分方式」として説明されているからです。

しかし、日本でレーマン方式について説明したもののなかに、レーマンの学説を説明したものは一切ありません。そもそも、レーマンは企業の業績である売上高・付加価値・営業利益・経常利益等を労働者の貢献度合いによって付加価値を計算する計算式を提示したに過ぎません。

英語圏の資料を紐解けば容易にわかるように、レーマンの学説を応用した成果配分方式であると説明しているものはなく、レーマン方式はレーマンの学説に由来するというのは根拠のない説明であることがわかります。英語圏では、リーマン方式の由来はリーマン・ブラザーズが開発したものであるという説明が有力です。

もともと、グローバルな投資銀行サービスを提供するリーマン・ブラザーズはサービスに対する手数料を顧客に明確に伝える方法を必要としていました。レーマン方式の利点は、誰にでも理解しやすく、顧客が取引でどれだけの手数料がかかるかすぐに概算を知ることができる点にあります。その後、レーマン方式による報酬の計算は、ビジネス・ブローカー、M&Aアドバイザー、投資銀行家、その他あらゆる規模の事業売却の仲介を行う専門家に支払われる手数料を計算するために広く適用されるようになりました。

リーマン・ブラザーズがレーマン方式による計算式を開発する以前は、金融機関によって手数料が大きく異なり、なかには手数料が総額の15%以上に達するケースもありました。

この報酬方法は、バラツキのある手数料を標準化する方法として1990年代まで広く利用されています。レーマン方式による計算式は、もともと100万ドル以上の取引に適用され、次のように計算されていました。

  • 最初の100万ドルの5%
  • 2回目の100万ドルに対して4%
  • 3回目の100万ドルの3%
  • 4番目の100万ドルの2%

このように計算していき、400万ドル以上の取引については1%の手数料となります。レーマン方式では、投資銀行手数料は取引額に対するパーセンテージで構成され、段階的な手数料が設定されるのが普通です。

レーマン方式による報酬計算の実情

レーマン方式を利用した報酬計算は、2020年3月に中小企業庁が公表した『中小M&Aガイドライン』でも説明されています。そこでは、「レーマン方式は、「基準となる価額」に応じて変動する各階層の「乗じる割合」を、各階層の「基準となる価額」に該当する各部分にそれぞれ乗じた金額を合算して、報酬を算定する手法」とされています(中小企業庁『中小M&Aガイドライン』p.46)。

中小M&Aガイドラインに掲載されているレーマン方式の例

出所:中小企業庁(2020)『中小M&Aガイドライン』p.46

M&A仲介業者は、M&A当事者である譲渡側・譲受側双方と契約締結の上、譲渡側・譲受側双方に対して手数料を請求するのが普通です。レーマン方式による報酬計算は、標準化された計算方式ではあるものの、「基準となる価額」について決まった額があるわけではありません。「乗じる割合」についても同様です。

したがって、各M&A仲介業者によって基準となる価額、乗じる割合は異なることになります。レーマン方式による報酬計算は、こうした体系表をM&A取引の当事者に事前に提示することができるため、透明な手数料設定が可能となり、M&A取引の当事者である中小行経営者も納得しやすいというメリットがあります。

一方、M&A仲介業者にとっては、売り手側の提示額が小規模である場合、「基準となる価額」が小さくなることから、十分な成功報酬を確保できないケースがあるというデメリットがあります。通常、M&A仲介業者は、こうしたリスクを未然に防ぐために、別途最低手数料を設けているケースが多いです。

報酬の計算には、レーマン方式以外にもいくつかの計算方法があります。たとえば、会社を売却する価格の目標値を設定して、この評価額に対する基本的な報酬を売り手との間で合意しておくものの、それ以上の価格で売却することができれば、M&A仲介業者は順次高い報酬を得ることができる、という「スケールドパーセント方式」です。

たとえば、800万ドルで売却した場合、3%の手数料を得ることができるものの、900万ドル以上で売却した場合、手数料は3.5%に跳ね上がり、1000万ドル以上で売却した場合は、最高で4%となるようなケースです。この報酬体系はM&A仲介業者が最高価格を付けてくれるような買い手となる企業を見つけるインセンティブを与えるものです。ただし、日本の中小企業に対してM&A仲介業者は買い手・売り手の両方から報酬を得ているため、スケールドパーセント方式はあまり用いられていません。

おわりに

レーマン方式によるM&A仲介業者の報酬計算は、報酬の透明性と公正性を担保するための一つの方法に過ぎません。レーマン方式は、日本では、ドイツ経営学由来の計算方式であると説明されることが多いものの、英語圏では米国由来の計算方式であると説明されています。結局のところ、M&A仲介業者の報酬を透明あるいは公正にするというのは非常に難しい課題です。「〜%以上の報酬を受けてはいけない」というルールを作っても、それはM&A仲介業者の競争を阻害する可能性があり、M&A業界の健全な発展を妨げる可能性があります。したがって、現在は、中小企業庁が『中小M&Aガイドライン』を公表して、M&A仲介業者の報酬に一定の制限をかけています。M&A仲介業者もガイドラインを積極的に守ることでM&A仲介業者を利用する中小企業が安心して取引を依頼できる環境作りが行われており、M&A業界の健全な発展が期待されています。

 

M&Aの基礎知識
2022/05/18
社長が「会社売却」を真剣に考える理由は?よくある売却理由5選
社長が「会社売却」を真剣に考える理由は?よくある売却理由5選

 はじめに

経営者(社長)が会社売却や事業売却を考える理由としてどのようなものがあるでしょうか。

自分のビジネスを持つことは、非常にやりがいがあり充実したものですが、いつかは出口戦略を検討しなければならないときがきます。会社や事業を売却するという決断は、会社にとって重要な選択のひとつです。会社や事業を売却するタイミングは事業価値がピークに達したときや事業を良いタイミングで引き継げるときに合わせるのが理想的ですが、それを予測するのは困難です。この記事では経営者が会社売却や事業売却を考える理由を5つ紹介していきます。

社長が会社売却を考える理由

経営者が自分の会社や事業の売却を考える理由は様々です。経営者の個人的な事情である場合もあれば、会社が置かれた事業環境の影響の場合もあるでしょう。以下では、経営者が会社・事業の売却理由として挙げることの多い順に説明していきます。

売却理由①:後継者不在による事業承継

経営者が会社売却を考える理由として最も多いのは後継者が不在であるためです。個人事業主である場合もそうですが、特に、従業員を抱えているケースでは簡単に会社をたたむこともできないので、事業を承継しなければなりません。この場合、後継者を探して事業を承継しなければなりませんが、そのときに用いられるのが、「経営者が保有する株式を売却して事業を承継する」という方法です。つまり、経営権を企業外部あるいは内部に譲渡して会社を存続させます。そして、自身は会社経営から退く、またはアドバイザーとなります。近年では、特に中小企業において、経営者の高齢化とともにどのように事業を継続させるかが問題となっており、その際、後継者がいないことが大きな問題となっています。

売却理由②: 創業者利益の獲得

創業者が保有する株式を売却して利益を得る目的で会社売却を行うケースもあります。一般に、これは創業者利益の獲得目的の会社売却と呼ばれます。創業者利益とは、会社の設立に際して株式を引き受けた創業者が、自身が保有する株式を株式市場に売りに出した際に獲得できる、株式の時価と払込額面価額(取得原価)との差額を言います。

創業者は会社が利益を獲得するために事業を展開し、事業が獲得した利益から従業員・サプライヤー・負債・税金などあらゆる支払いを行っています。そのためには、多くの労働時間と知力を捧げなければなりません。創業者は、事業を展開し始めた頃、積極的にリスクをとって事業を成長させようとするでしょう。なぜなら、失うべき会社の価値がまだあまりないからです。創業者がビジネスを成長させたいのであれば、リスクを取ることは重要なことです。しかし、会社が大きくなるにつれて、会社の価値も大きくなります。会社の価値が大きくなると、それを毀損する恐れから経営者が大きなリスクを忌避し、より保守的になる場合もあります。

多くの人が自分のビジネスを持つことを夢見ますが、ひとたびそれが現実となると、その仕事量に圧倒されることになるでしょう。その結果として、燃え尽きてしまうということも少なくありません。多くの経営者は、事業の繁栄のために人生を捧げてきたのですから、その成果を享受するのが当然です。また、ビジネスを売却しても、パートタイムのコンサルタントとして残ることで、趣味を楽しみながら、ビジネスをより身近なところで支援する経営者もいます。年齢を重ねた創業者は誤った戦略の修正に何年も費やしてダメージコントロールするような余裕はもはやないため、会社を失いかねない危険な状況を避けるようになるでしょう。こうした場合、創業者は、常に投資からの撤退(事業からの撤退)を考えているはずです。

それは、会社が悪い状況にあるからではなく、それが個人的に賢明なビジネス上の決断だからです。こうした理由から、創業者利益を獲得するために、会社を売却する場合があります。

売却理由③:「先行き不安」と「業績不振」

会社の将来性に不安を抱えていたり、会社の業績が不振だったりするケースでも、経営者は会社売却・事業売却を検討するでしょう。経営者が会社や事業の売却を考えていないときでも、個人・グループ・他社から魅力的なオファーがある場合もあるかもしれません。

会社の将来性に不安があり、経営者自身の能力や熱意ではどうしようもないケースや、業績不振が続いていて、経営者としての資質が疑わしいときに、経営者は会社から身を引くことを考えた方が良いケースもあります。

不透明な事業環境におかれた会社であればあるほど、経営者は、将来にわたって独力で会社を運営していくことに不安を感じ、資金力がある大手企業の傘下に入ったほうがいいと考えることになります。その方が、会社のためにも会社で働く従業員のためにも良いとの判断のもとで、会社や事業の売却を検討することになるでしょう。

売却理由④:戦略的撤退〜「選択と集中」〜

ある事業の業績不振が続いているケースでは、戦略的にその事業からの撤退を考え、事業売却を検討する経営者もいます。ただし、戦略的撤退は、決して後ろ向きの決断ではなく、業績不振の事業以外の事業に集中し、会社を守るための前向きの決断であると考えるべきです。

この場合、経営者は、選択と集中という戦略のもとで、事業の売却を考えることになります。選択と集中とは、不採算事業を売却して、成長事業に集中して経営資源を投入する戦略のことです。より大きな競争力を持つ新しい経済プレーヤーの出現は、自社のビジネスを脅かす可能性があります。このような場合、競合他社に顧客と市場を奪われるのを待つよりも、その会社が存在し続ける間に売却する方が賢明な選択となる可能性があります。そのため、経営者は選択と集中戦略のもとで戦略的撤退を行うために、会社売却を検討することになるでしょう。

売却理由⑤:「会社の発展」と「社員の将来」を考えて

複数の競合他社が存在する市場において、中小企業や個人事業主の規模は小さく、市場シェアや売上を大きく伸ばすことができないため、事業の将来性が見込めないということがよくあります。

このような場合、現実的に考えて、経営者は成長するための競争力を得るために、事業提携や合併などのかたちで会社に競争力をもたらす必要があります。つまり、今後競争力を高めることが難しいということです。もし、大企業の顧客基盤が利用できるようになれば、より大きな仕事ができるようになりますし、資金提供を受ければ、より事業を成長させることができるかもしれません。この場合、経営者は経営権を譲渡して会社を成長させようとするのです。もし、経営者が今後自身で会社を成長させるための戦略上の決断を下すだけの能力、活力が自分にはないと考える場合、最善の方法は、良い買い手を探し、会社を売却することです。つまり、会社の発展や社員の将来を考えて会社を売却することも、経営者は決断しなければならないケースがあるのです。

幸せな社員・会社

まとめ:社長が「会社売却」を真剣に考える理由

経営者であれば、普段の会社経営と同じくらい真剣に会社売却の戦略を立てておかなければなりません。ネガティブなイメージで捉えられがちな会社売却ですが、会社のために会社売却を決断しなければならないケースも多くあります。会社を存続させるために自ら身を引かなければならないケースもあるでしょう。会社売却をネガティブに捉えるのではなく、会社を存続させるための有効な手段として捉えておかなければなりません。

会社を売る場合の相場はどれくらい?企業価値評価算出の方法の解説はこちら

M&Aの基礎知識
2022/05/18
多角化経営の実現のために 〜事業多角化をする理由とM&Aの活用〜
多角化経営の実現のために 〜事業多角化をする理由とM&Aの活用〜

はじめに

企業の収益性を高め、事業リスクを軽減するために、経営の多角化を考える経営者のみなさまは少なくありません。経営の多角化を迅速に実現するためにはM&A(Mergers(合併)and Acquisitions(買収))の活用は欠かせません。この記事では、多角化経営の意義について説明したあと、多角化経営を迅速に実現するための手段としてのM&Aについて詳しく解説していきます。

多角化経営実現の意義

多角化経営とは、企業が提供する製品またはサービスを変更または拡大することによって成長を図る企業戦略のことを言います。一般に、企業は、競合他社に差をつけるために多角化戦略をとる場合があり、これは「攻めの多角化」と呼ばれています。一方、企業は、市場環境の大きなプレッシャーに直面した際に、「守りの多角化」に着手するケースもあります。

ビジネスが誕生してから時間経過する、または参入障壁の低いビジネスモデルなどが原因となり、市場シェアや利益を拡大することが難しくなる場合があります。新しい事業分野への多角化は、収入を大幅に増やす機会を与えるだけでなく、本業が一時的または長期的に急降下した場合に備えて、会社を守ることにつながります。

多角化とは、既存のビジネスを拡大することではありません。多角化の本質は、新たなビジネスチャンスを広げることにあります。たとえば、ある町でダイニング・レストランを経営している場合、隣町に2号店をオープンすることは、「経営の多角化」ではなく「事業の拡大」に過ぎません。企業向けにケータリングを始めたる、料理を提供していない時間帯に料理教室を開くといったことが多角化となります。

経営の多角化を検討する際には、関連する事業にとどまるのか、それとも全く別の市場に進出するのかを決めなければなりません。たとえば、ペットシッターがグルーミングサービスを提供するように、市場内にとどまることで、これまでの人脈やブランド、顧客基盤を活用することができるでしょう。

一方で、ペットシッターが造園業を始めるように、新しい市場に進出すれば、特定の業界の景気後退に対して、他の事業でカバーできるようになり経営としての安定性は高まるでしょう。関連する事業に進出する場合には、既存のリソースを活かすことで軌道に乗せやすくなる反面新しい取り組みが失敗した場合、ブランドが損なわれる可能性があります。他方、全く新しい分野でビジネスを始めると、ゼロからのスタートとなるため、既存事業への影響は少ないかもしれませんが、軌道に乗せるにはより多くの時間と資金が必要となる場合が多くなることに留意しなければなりません。

多角化経営を行う6つの理由

多角化経営を行う理由には、以下のようなものがあります。

(1)競争に打ち勝つ

市場における競争優位に立つための最良の方法は多角化です。たとえば、関連する事業へと製品・サービスのポートフォリオを拡大することによって、競合他社が提供できないものを提供できるようになります。

(2)利益を安定させる

経営の多角化が成功すれば、事業の成長、ひいては収益も大きく向上します。一般に、一つの事業が成長し続けられる保証はありません。様々な事業へと多角化し、一つの事業が他の事業を補完するという関係をつくることで会社の収益性を向上させることができます。

(3)事業リスクを回避する

企業経営において、限られた経営資源を有効活用するために、全体を俯瞰した上で、どこに経営資源を配分すればよいかを考えなければなりません。事業多角化は、景気後退などのリスクを回避するための積極的な手段となり得る戦略です。1つの事業に注力する場合、事業の根幹を揺るがす変化が起きると、会社もろとも倒れてしまう可能性があります。事業ごとに異なる製品やサービスを提供することで、業界の不況のダメージを軽減できます。経営の多角化によって事業領域を複数もつことで市場の変化にも対応できるようになるということです。事業を複数とすればするほど、経営者の視点から「事業ポートフォリオの最適化(事業の選択と集中による経営資源の最適配分)」を図らなければなりません。事業ポートフォリオの構築は、事業リスクを回避するための重要な手段です。

(4)ブランドイメージの向上

経営の多角化は、ブランドイメージを向上させる方法となり得えます。新たに買収したブランドとの結びつきを強めることで、ブランドイメージを向上させられるかもしれません。知名度のあるブランドを買収すれば、そのブランドイメージを自社に取り込める可能性があります。

(5)経営資源の最適化

事業の成長が鈍化し、環境変化によって将来性が見込まれなくなってしまった場合、経営者はその事業へ投資ができず、会社に余剰資金が発生することになるでしょう。そんなときに、事業を多角化していれば、ある事業の余剰資金を他の事業へ振り向けることができます。余剰キャッシュフローの活用、既存インフラの有効活用、企業レベルの意思決定の改善など、多角化は企業の資源を最適化する方法となり得るのです。

多角的

多角化経営とM&A

多角化経営を行う企業は、2以上の事業の経営資源を組み合わせることで会社の収益性を高めリスクを分散することもできます。中小企業が陥りがちな収益性に関する成長の鈍化と事業リスクへの直面を解決できるのが多角化経営なのです。

多角化経営の実現を目指す場合、既存事業がうまくいっていて、会社に余剰資金がある場合、その余剰資金を使って事業を多角化することもできるかもしれません。しかし、通常、新しい事業を軌道にのせるためには時間がかかります。

しかし、多角化経営を迅速に実現する手段が一つだけあります。それがM&Aの活用です。

たとえば、特定の地域に店舗・工場を建設しようとすれば、土地・建物の購入または賃借、改装等工事、従業員の雇用、取引先開拓など多くの時間とコストを投じなければなりません。しかし、M&Aを行うことで、自社で一から経営資源を投入して、事業を立ち上げずに済みます。買収対象の企業がすでに事業を展開しているため、その経営資源を利用すれば良いからです。さらに、買収を通じて、優秀な人材やノウハウなどを獲得できます。自社で人材育成を行ったり、ノウハウを積み上げたりする時間を短縮できるなど、多角化を迅速に実現するためには、M&Aが不可欠です。

事業を多角化する場合、既存事業と関連する事業に参入するケースと既存事業と関連しない事業へ参入するケースが考えられます。特に、既存事業と関連しない事業へ参入するケースでは、必要となる経営資源を準備するために時間もコストも必要となるケースが多いため、M&Aを活用してすでに事業を展開している会社を買収してくることで、買収企業の経営資源を有効に活用しながら、自社の経営資源と組み合わせることでシナジー効果を得られます。

おわりに

多角化経営を行えば、ビジネスを成長させ、リスクを軽減することができます。M&Aは多角化経営を迅速に実現するための有効な手段です。ただし、経営の多角化は、経営資源を各事業へと分散させることになるため、短期的にはコストの上昇が避けられません。こうした事実をきちんと理解したうえで、多角化経営の意義を考えることが重要です。

M&Aの基礎知識
2022/05/15