M&Aの基礎知識 2021/09/14

企業価値評価(Valuation)とは

企業価値評価(Valuation)とは
                    

M&Aにおいて会社の売買価格(企業価値)は売り手・買い手双方が意思決定をする上で重要な土台となります。その売買価格を決める上で、企業価値評価が重要になっていきます。本コラムでは、M&Aにおける企業価値の算定とその種類について詳しく解説します。

企業価値評価(Valuation/バリュエーション)とは

M&Aにおける企業価値評価とは

企業価値評価とは、「会社の値段」のことをいい、「エンタープライズ・バリュー(Enterprise Value:EV)」とも呼びます。M&Aの企業価値評価の目的は、売り手側では依頼する価格、買い手側では投資するかどうかといった意思決定の判断基準として用いられます。そのため、企業の売却・買収あるいは合併などのM&Aでは、この企業価値評価が非常に重要になります。

売り手においては買い手から評価が得られない場合もあるため、できるだけ評価されるように経営や事業の整理など譲渡への準備も必要になっていきます。

相続時の企業価値評価の違い

経営者が変わって相続が行われる場合の企業価値評価は、国税庁が使用する評価方式「財産評価基本通達」が適用されます。そのため、一定の評価額を算出することが可能で、相続する側は、安心して企業価値評価を任せられます。

一方で、M&Aにおける企業価値評価は、企業が持っている資産の価値のみではなく、将来の収益性を加味して算出する必要があるため、税法上の企業価値評価は用いられない場合が多いです。

上場会社のM&A企業価値評価

上場会社であれば、1株当たりの株価と株式数は市場で把握できるため、株式の時価総額はすぐに算出できます。証券取引所において多くの投資家が参加して取引がなされた結果が反映される株価には、投資家の合理的な意思や、様々な情報に対する判断などが含まれており、客観性の高い指標であるということができます。

しかし、株価の背景には会社の業績のみではなく、例えばコロナウイルスの影響による株価の悪化などの世界情勢が影響するため、その時点での時価総額だけではM&A評価額を決定できません。

そのため、株価のみで企業価値評価をするのではなく、将来的に発生する収益性を予測して加味し、事業内容の価値を付加する手法が必要になります。

非上場会社のM&A企業価値評価

非上場会社の企業価値評価では、株価のような明確な指標はありません。そのため、非上場企業の企業価値評価は上場企業の企業価値評価よりも難しくなります。

例えば、相続財産としての株式は、国税庁が定めている「財産評価通達」という評価方法で評価しなければなりません。これは類似会社比準方式や純資産価額方式等を用いて実施するものですが、事業の特性や成長ステージ、経営環境などの影響が含まれていないため、M&Aの企業価値評価ではあまり利用できません。

そのため、M&Aでの企業価値評価では、目的に応じて、ふさわしい評価方法を選択する必要があります。

企業価値評価の方法

企業価値評価の評価方法は、大きく分けて以下の3つのタイプに分けることができます。

  1. インカム・アプローチ
  2. マーケット・アプローチ
  3. コスト・アプローチ

これらのアプローチから妥当な価格の幅を導き出し、その範囲内で最終的な価格を決定する方法が一般的です。

インカム・アプローチ

インカム・アプローチとは、評価対象企業が将来獲得すると期待される利益やキャッシュ・フローを、リスクを考慮した資本コストで資本還元ないしは現在価値に割り引くことにより企業価値を算出する方法です。

DCF法

DCF法とは、Discounted Cash Flowの略で、企業の将来獲得できるキャッシュ・フローを、リスクを考慮した現在価値になおすことで、事業価値を算出し、それに非事業投下資本の価値を加えて、企業価値を算定する方法です。これはM&Aにおける企業価値評価の算出方法で最も代表的な評価方法です。

この企業価値評価の方法を利用する場合には事業計画書が必要であるため、将来発生する可能性のあるキャッシュ・フロー、投資計画、リスクなどをきちんと客観的に予測できているかどうかによって、正確な企業価値を算出できるかが決まります。

収益還元法

収益還元法は、会計上の利益を基礎として、それを資本還元することにより事業価値を算出し、それに非事業投下資本の価値を加えることで、企業価値を算定する方法です。会計上の利益を基礎とするので、簡便な評価方法ではあるものの、設備への投資や減価償却費などの再投資を考慮しないことから、投下資本の変化が企業価値に反映されないという特性があります。

配当還元法

配当還元法は、株主に帰属するリターンである配当を予想し、これを株主資本コストで現在価値に割り引くことにより株主価値を直接算定する企業価値評価の方法です。この方法は安定して配当を行っている企業の評価に有用です。ただし、将来の成長は見込めるものの、将来の投資資金のため、現在は配当を行っていないような企業の評価を行うことは困難であり、配当が少ない金額で実施されているような企業については、株主価値を過小に評価してしまう可能性があると言われています。

コスト・アプローチ

コスト・アプローチは、評価対象企業の一定時点の貸借対照表をもとに評価することから、静態的な評価アプローチであると言われます。評価対象企業の一定時点の貸借対照表を基礎とする評価方法で、一般的には理解されやすく客観性が高いという利点があります。

簿価純資産法

簿価純資産法は、その企業の貸借対照表における帳簿価額に基づく純資産額を基礎とする企業価値評価の評価方法です。この方法は、簡単に株主価値を算定することができますが、貸借対照表に計上されているものの、実際には減損等で資産価値が低下しているものや、オフバランスとなっているものなどがあり、これらが考慮されない点がデメリットと言われています。

 時価純資産法

時価純資産法は、貸借対照表上の資産・負債を時価評価し、さらにオフバランスとなっている資産・負債がある場合には、これを考慮し、その差額としての純資産額を基礎とする企業価値評価の評価方法です。原則として、貸借対照表のすべての資産・負債が時価評価されることになります。

再調達原価法

再調達原価法は、一定時点における貸借対照表上の資産・負債を原則として再調達価額により時価評価をするというものです。継続企業の価値評価を前提としたものであると言われます。

清算価値法

清算価値法は、一定時点における貸借対照表上の資産・負債を売却可能価額により時価評価をするというものです。つまり、その企業を清算した場合に株主が得られる金額としての時価であり、解散等を前提としている企業に適した方法であると言えます。

マーケット・アプローチ

マーケット・アプローチは、評価対象企業がその株式を上場している場合には、その市場株価を基礎として、また、非上場会社の場合には、同業他社の市場株価や類似取引事例などを基礎として、相対的な価値を算定する評価方法です。

市場株価平均法

市場株価平均法は、証券取引所等にその株式を上場している場合に、その市場における取引価格に基づく株主価値を算出する企業価値評価の評価方法です。証券取引所において、多数の投資家が取引をした結果が反映された市場株価は、客観性の高い指標であるということが言えます。市場株価法を利用する場合には一定時点における市場株価が異常な要因によって変動する場合もあることから、その影響を排除するために一定期間の平均株価を取り、これを評価額とするのが一般的です。

類似会社比準法(マルチプル法)

類似会社比準法は、対象の会社の事業内容や事業規模が類似する上場会社の市場株価とその財務数値から算出される倍率(マルチプル)を、評価対象企業の財務数値に乗じることにより、評価対象企業の企業価値を算出する方法です。主に非上場企業に対して用いられることが多いですが、上場企業であっても、その市場株価の水準が類似上場企業と比較してどのようなものであるかを分析することもあります。

また、類似会社比準法は、DCF法による結果との併用が有効です。DCF法の結果を比較すると、合理的な関係にない場合があります。その原因の一つとして将来の成長に対する期待度があります。事業計画による成長が市場の期待と比べてどうかというチェックをする上で、類似会社比準法が有用となる場合があります。

類似取引比較法

類似取引比較法は、評価の対象となる取引と類似する取引における取引価額と、その取引における評価対象企業の財務数値に関する情報に基づいて、評価対象企業の価値を評価する方法です。M&Aによる取引事例が、類似取引としてよく用いられます。この評価方法は、実際の取引事例に基づくことから、客観性の高い評価方法です。ただし、類似取引に関する情報を入手するのが困難である場合が多く、対象となる取引が必ずしも類似したものでない場合には、算出された企業価値の客観性は乏しいと言われます。

 類似業種比較法

類似業種比較法では、評価しようとする会社と事業内容が類似する業種に属する複数の上場会社の株式の価額の平均値に、評価会社と類似業種の1株当たりの配当金額、1株当たりの年利益金額、1株あたりの純資産価額の比準割合を乗じて計算します。税制上の公正さを保つために一定の基準のもとで算出結果に大きなぶれが出ないように評価する方法であり、M&Aの局面で利用する評価方法としてあまり適していません。

企業価値評価算定の手法上の限界

前述したように企業価値評価の方法は、企業価値を何とするかによって異なります。どれも正しい算定方法ではあるものの、評価方法によっては評価額が2、3倍にも変わることがあります。

そのため、事業譲渡をしたいのか、相続をしたいのか、株式譲渡をしたいのかなど、企業価値評価の目的と会社の特徴や性質をうまく把握した上で、適切な手法を選択することが重要です。評価方法の選定、企業価値評価の算定はとても複雑であるため、専門家やアドバイザーなど適切な専門知識を持った人を選ぶことをお勧めします。

企業価値評価方法のメリット、デメリット

今までの評価方法の説明を踏まえて、メリットとデメリットをまとめると以下の通りです。

インカム・アプローチ

メリット

  • 企業の将来的な利益、収益、キャッシュ・フローに基づいて計算されるため、基本的なM&Aの評価基準で最も理にかなった評価基準で安定した評価の計算ができる

デメリット

  • 企業における将来性の分析を正確に行う必要があるため、大変な労力と時間がかかる
  • 将来得られる収益の算出方法に不確定な要素が多く、客観的な判断材料が乏しい
  • 企業の存続が前提になっている(企業が清算する場合では適用できない)

マーケット・アプローチ

メリット

  • 評価基準が客観的に行えること
  • 現在の市場取引環境を反映することができる

デメリット

  • 条件にあう企業が見つからないと適用が難しい
  • 実態以上に市場の変動リスクを受ける可能性がある
  • 評価対象企業の固有の性質が反映しづらい

コスト・アプローチ

メリット

  • 評価基準が客観的に行えること
  • 算出方法がシンプルであること

デメリット

  • 将来性の検討をしないため、のれんの価値が判断材料に含まれないこと
  • 含み損益があてにならない

実際の企業価値評価では、評価の目的、評価の対象、対象となる取引などからどの評価方法が適当かを判断する必要があります。

M&Aにおける企業価値評価(Valuation)まとめ

企業価値評価は、M&Aの取引金額を決めるための重要な手続きです。算出方法を詳しく知ることで、M&Aでどれくらいの売却価格になるか予想できます。そのため、売り手側においてはしっかりと企業価値評価の方法を理解することによって、より高く売るためにどのような施策を打つべきかが見えてくるはずです。

ただ、選択手法、算定方法はとても複雑であり、一般の方には馴染みの薄いものでもありますので、実際に企業価値評価を行う場合には、専門家を上手に活用することが企業価値評価をスムーズに行うポイントとなります。

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経営者のためのM&A実行によるハッピーリタイア
経営者のためのM&A実行によるハッピーリタイア

現在の中小企業を取り巻く問題として「後継者不在」があります。仮に後継者が不在のまま廃業や清算を行ったとすると、在庫商品や土地、事業資産等は大幅に減額される場合がある一方、従業員に対する退職金は増額されるケースもあります。また、決算後に利益が出た場合には先に法人税を納め、のちに株主への配当を実施します。この配当には最高で55%もの配当課税が発生し税効率が悪化します。さらに、経営状況が苦しい状況であったり個人保証付きの債務を抱えている場合は、清算により自宅や車等の個人資産を売却しなければならない時もあります。加えて、個人資産を売却した上でも債務が残ることもあり、引退後の生活に不安を残すことになります。このような廃業、清算による負担を回避し、株式売却によるメリットや資金を得て、将来的のゆとりある生活を確保するためにM&Aという方法があります。M&Aによるハッピーリタイアはどのように実現していくか、考えてみましょう。

M&Aによるハッピーリタイアを実現するには

創業者利益の獲得

上記に記載したように廃業の場合、債務が手元に残る可能性があります。一方で、M&Aで会社売却を行うと廃業よりも多くの金額を得られる可能性が高まるだけでなく、法人としての債務の返済義務だけでなく、その債務に紐づく個人保証からも解放される可能性があります。

M&Aにより、会社を売却する際は営業権が加味されます。廃業時には在庫商品や土地、事業資産は時価もしくは大幅に減額される場合がありますが、M&Aでは時価価格でこれらを簿価、もしくはそれ以上の価格で売却することができます。

また、株式譲渡を行う際に発生する税金は株式の譲渡益に対する約20%の課税のみです。さらに、会社は存続するため従業員への退職金を支払う必要は原則的にはありません。

以上を踏まえると本来、流動性が低い資産であった未上場の株式を、流動性の高い現金等に交換することができる上、税効率の面でも一定程度のメリットを享受できる可能性があります。

個人保証、担保からの解放

会社を売却することで譲受企業が個人保証を引き継ぐことになるケースが多いです。。廃業では精算後に負債が残った場合や借入金を完済できなかった場合、個人保証や担保として提供している自宅や車等の個人資産を明け渡して借金の返済に充当しなければなりません。非上場企業の経営者が社員へ事業承継を行う場合も、後継者が個人保証や担保を引き継ぐことができないケースが多くあり、経営者は引退後も保証リスクを負い続ける可能性があります。株式譲渡によりこれらの保証関係は株式譲渡先に引き継がれ問題は解決します。

取引先との関係維持、従業員の雇用確保

中小企業経営者が廃業時に直面する課題として取引先との関係の清算が想定されますが、M&Aにより会社が存続することとなれば取引先との関係を維持でき、買収先とのシナジー効果が合致すれば更なる取引拡大の可能性も出てくるでしょう。

また、M&Aを行うと会社が存続し、従業員はこれまで通り働き続けるケースがが多いです。M&Aにより、譲渡企業の従業員が解雇されることは稀です。中小企業にとって貴重な経営資源である人を解雇することは譲受企業にとって損失になるため、従業員はそのまま引き継がれるケースがほとんどです。自身のハッピーリタイアだけでなく、従業員にとってもよい状況を作れるのは喜ばしいことですよね。

経営強化

M&Aを行うことで経営の強化を行うことができます。技術やノウハウ、顧客の共有や重複部門の統一、商品やサービスのコラボレーション等を行うことで相手企業との相乗効果が見込めます。

上場企業や成長企業などの事業基盤、資本が強固な企業に事業譲渡を行うことでより安定した経営を行うことができ、大企業による大規模な業界再編や人口減少による国内マーケットの縮小、グローバル化による海外の安価代替品の参入等の脅威に対抗できる可能性が高まります。自分の手から会社が離れたあとも、会社がされに発展を続けることは売却した経営者にとっても大きなメリットであるといえるでしょう。

 早期M&Aの実行に際して注意すべきこと

M&Aでは売却タイミングが重要です。タイミングを見誤ると、納得できる額で売却できないケース、やそもそも買い手が見つからないことさえあります。会社売却を行う上で外部環境の動向、会社の経営状況を見極めることが重要です。

また、会社の経営状況が悪化する前に売却することも非常に重要です。業界の先行きや同業他社の経営状況、規制緩和等を考慮しつつ自社の事業の磨き上げを行いより良い経営状況の下、会社を売却することが重要です。

経営状況が好調な時期というのは、売却について当事者意識をもって考える経営者は多くありません。しかし、昨今の急速に変化している経済環境を考えると、短期間で経営状況が変化するリスクはおおいにあります。好調だからと言って油断するのではなく、早期からM&Aという選択肢を考慮に入れておく必要があります。早期からM&Aを考え始めれば、ハッピーリタイアを実現できる可能性が高くなるでしょう。

まとめ

M&Aを早期実行することで、創業者や事業を取り巻く取引先、従業員にとっては複数のメリットを享受することが可能です。ただ、株式の売却に抵抗感のある経営者の方も多数いらっしゃることでしょう。改めてメリットを理解しておき、株式売却を経営方針の1つとして持っておいて損はありません。

まだ、M&Aなど関係ないと思っている経営者の方も、備えあれば憂いなしです。

考えるなかでご自身のライフプランも変わるかもしれません。最近注目されている「FIRE」も可能です。FIREとは「Financial Independence, Retire Early」の頭文字を並べた言葉で、経済的な自立(Financial Independence)と早期リタイア(Retire Early)を意味しています。つまり、早期リタイアして仕事を辞めた後も、不労所得である資産運用によって得られる収入などにより生活費などを賄っていくことを意味しています。このようなライフプランは数年前から欧米各国を中心に広がっていますが、コロナ禍の影響も相まって日本においても注目が集まっています。

FIRE実行するためには、ある程度まとまった投資運用資金が必要になりますが、資金の入手方法として経営者の場合、「M&A実行による株式売却」も方法の一つとして考えられるのです。

M&Aの基礎知識
2021/10/16
債務超過、赤字でも会社売却・事業譲渡できる?【会社のM&A】
債務超過、赤字でも会社売却・事業譲渡できる?【会社のM&A】

近年、日本の中小企業の多くが後継者問題等を理由にM&Aによる会社売却・事業譲渡を活発化させています。では債務超過や赤字の会社は、経営黒字の会社と同じようにM&Aでの会社売却や事業譲渡はできるでしょうか。また赤字が理由で会社売却や事業譲渡が難しいとなると、その活路はどこに求めるべきでしょうか。

この記事では、債務超過、赤字会社でも状況によってM&Aが活用できる理由、その方法、M&Aを成功させるコツ、売却・譲渡時のメリット・デメリットなどを詳しく解説します。

債務超過と赤字ついて

会社経営において、債務超過かつ赤字という状態があります。

ただし厳密にいえば、「債務超過」と「赤字」は基準が違う概念です。債務超過とは、貸借対照表において負債の総額が資産の総額を上回っている状態をいいます。いわゆる経済学でいう「ストック」の概念です。一方赤字とは、会社のその期の収益が費用を下回って利益がマイナスになった状態を示す言葉で、ストックに対して、「フロー」の概念になります。つまり「債務超過だけどその期は黒字」、「債務超過ではないけどその期は赤字」というケースもあり、この2つの概念は本来切り離して考えるべきものです。

ただし赤字の状態が継続すると、資金不足の状態から経営が苦しくなり、売上高も減ってきます。資金が不足すれば、設備投資もできず競争力も低下することから、さらに売上が減るという悪循環に陥ります。こういった状態が一定期間続くと最終的には積み上がった累積赤字の結果、負債の総額が資産の総額を上回る、いわゆる債務超過状態になるため、ついには取引銀行からも融資が受けにくい・断られてしまう状況になります。資金ショートはそのまま倒産につながるので、その意味では、債務超過と赤字は密接な関係にあるともといえるでしょう。

債務超過・赤字の会社は基本的にM&Aを行いにくい

上記のような理由から、債務超過・赤字の会社はM&Aによる会社売却・事業譲渡は業績が堅調の会社に比べると行いにくい状態にあるといえます。

常に廃業・倒産リスクを抱えているので、健全に黒字経営を続けている資産超過の会社も多くある中、わざわざ債務超過・赤字会社をM&A対象とするためには、買い手側に買いたいと思わせる相応の理由が必要です。

売り手側も買い手側に対して、「今は債務超過だけど利益は出ているので、近い将来に債務超過が解消できる」とか、「事業に将来性があり現在の赤字は一時的である」など業績や財務の点から納得感のある理由を示したり、技術や商品、実績など財務的な観点以外での自社の魅力を買い手に上手に伝える必要があることは考慮する必要があります。

債務超過は2種類ある。「簿価債務超過」と「実態(時価)債務超過」

ここで債務超過といっても資産の評価のやり方で2通り種類があることを説明しておきます。「簿価債務超過」と「実態(時価)債務超過」です。

簿価債務超過とは、簿価ベースで貸借対照表の負債総額が資産総額を超えている場合をいいます。ただし貸借対照表の各項目の金額は帳簿に記載時の状態に基づいており、現在の資産負債の実態を必ずしても正確に反映していないこともあります。

そのため、より正確に実態に即して判断するために使われる方法が、貸借対照表上の資産負債を時価に直して計算した実態(時価)貸借対照表です。そして時価による再計算の結果、負債総額が資産総額を超えていれば、その貸借対照表は実態(時価)債務超過の状態にあるといえます。

したがって自社が債務超過にあるとき、それは簿価債務超過か実態(時価)債務超過か、どちらの基準で評価しているのか、M&Aの買い手売り手双方とも明確にしておく必要があるのです。

債務超過・赤字会社の価値算定方法

ここで債務超過・赤字会社の価値算定方法(バリエーション)について解説します。一般的にはM&Aで会社の価値を算定する方法は大きく以下の3つがあります。

  • コストアプローチ
  • インカムアプローチ
  • マーケットアプローチ

コストアプローチとは、基本的に会社の純資産を企業価値とする方法で、純資産に営業権(のれん)をプラスして売却・譲渡金額とします。インカムアプローチとは、会社の将来得られるキャッシュフローを現在価値に引き直してその会社の企業価値とする算定方法です。マーケットアプローチは、その会社に類似する企業や市場での株価、過去の取引事例等を基準・比較して企業価値を算定します。

※参考)企業価値算定について詳しくはこちら

企業価値の判定においてはいずれの方法も長所短所があり、どれが適切とも言い切れません。

しかし、債務超過・赤字会社の価値算定においては、中小企業のM&Aでよく使われているコストアプローチ、すなわち純資産判定に実態(時価)評価を用いて、さらに営業権(のれん:会社の技術、ノウハウ、販売網など貸借対照表に載っていない無形財産のこと)をプラスしていけば、企業価値はプラスになる可能性があり、M&Aにおける売り手としての魅力度も増すことになります。

債務超過・赤字の会社をM&Aで成功させる方法

ではどうすれば債務超過・赤字の会社をM&Aで売却・譲渡できるでしょうか?その具体的方法を解説します。

方法1:他社にない強み(技術・ノウハウ等)を見つけ、買い手にそれを強くアピールするとともに、ケースによっては収益性・将来性が高い分野として切り分け、一部のみ事業譲渡する

方法2:自ら買い手先を絞り込み、自社事業とシナジー(相乗)効果が見込める相手に売却・譲渡を打診する

方法3:事前に自社で資産価値を再評価して企業価値を見直しするほか、ノウハウ・技術等の無形資産(のれん)の価値を高めておく

方法4:増資を行なって資本金を増やし債務超過を解消する、貸借対照表上の純資産をプラスにすることで買い手のイメージの低下を防ぐとともに、取引先、金融機関の離反を防ぎ企業としての魅力を適切に保つ

方法5:売却するタイミングを図りつつ、たとえ債務超過・赤字でも、売り急ぐことなく自社の持つ営業権や資産を必要とする買い手が現れるのを辛抱強く待つ

債務超過・赤字会社のM&Aメリット・デメリット

ここからは債務超過・赤字の会社をM&Aで売却・譲渡するときのメリット・デメリットを紹介します。

債務超過・赤字の会社をM&Aで売却・譲渡するときのメリット

【売り手側】

  • 買い手がうまく見つかれば倒産・廃業リスクを回避できる
  • 赤字原因となる事業のみ売却できれば、経営資源の集約化で財務健全化が可能
  • 売却・譲渡後、買い手とのシナジー効果で事業再生ができる
  • 債務超過・赤字にもかかわらず、営業権(のれん)が評価されれば、純資産の価額より高く売却できて利益から株主還元が可能
  • 売却益で会社が抱える借金や負債を減らせるほか、売り手経営者は個人保証から解放される
  • M&Aがうまくいけば、売り手側の従業員雇用やブランドの維持も可

【買い手側】

  • 営業権(のれん)や業績の良い事業のみを手にでき、シナジー効果で自社がより発展する
  • 異業種の買収であれば多角化経営が可能になるとともに別領域の事業へ進出できる
  • 債務超過・赤字を理由に通常より低く買収できて、その事業での初期コストを抑えられるとともに、すでに顧客がいることから事業展開までの時間を節約できる

債務超過・赤字の会社をM&Aで売却・譲渡するときのデメリット

【売り手側】

  • 売却後、一定期間、同業種での競業が禁止される
  • 時価評価への見直しで純資産がプラスになっても、内容次第で買い手が全く見つからないケースもある

【買い手側】

  • 買収後、期待したシナジー効果が十分効かず、むしろ自社の経営が悪化する
  • 買収後、自社の株主、取引先、銀行等から債務超過・赤字会社を買ったことに対して批判を受けるリスクがある

債務超過・赤字会社をM&Aで売却・譲渡する際の注意点

最後に債務超過・赤字会社をM&Aで売却・譲渡する際、売り手買い手とも、必ず注意しなければいけないことを説明します。それはM&Aによる売却・譲渡行為を「詐欺行為」と見なされないよう、利害関係者(ステークホルダー)に十分説明して、かつ適切な手続きを取っておくことです。

もし売り手が買い手や債権者、取引先等に適切な情報開示や必要な手続きを行わず、債務超過・赤字会社を買い手に売却して、後で利害関係者から裁判所に訴えられ、その主張が認められると、取引自体が無効になってしまいます。

たとえば、M&Aによる事業譲渡や会社分割で売り手の主要事業が債権者に説明なく別会社に移されたとき、元の会社に残った債務は不採算事業のみの会社に取り残されます。それでは元の会社が実質的に債務の弁済ができない状態になり、残った債務の債権者は本来得られる利益を毀損(きそん)されたことになります。

このように、売り手買い手間の協議のみでM&Aの話が勝手に進められ、さらにそれが債権者の利益を害するような場合には、債権者から適切な債権者保護の手続きがなされていないと訴えられるリスクがあるのです。債務超過・赤字会社の場合には、特にそのリスクが高くなりますので、売り手買い手とも十分この点に配慮して話を進めて下さい。

まとめ

債務超過・赤字の会社におけるM&Aは、財務的に健全な会社以上に様々な面に目配りしつつ、売却・譲渡手続きを進める必要があります。法務税務等の専門家にも相談しつつ、ミスのないM&A手続きを進めましょう。

M&Aの基礎知識
2021/10/12
有限会社のM&A
有限会社のM&A

有限会社とは

「有限会社」とは、会社形態の1つであり、「株式会社」や「合同会社」などと同様に法人格として使われています。
有限会社の特徴は以下のとおりです。

  • 家族経営や個人事業のような会社などの小規模ないし中規模の事業が多い
  • 設立時の資本金は300万円以上
  • 社員数(出資者数)は50名以下
  • 取締役の任期に制限を設けない
  • 決算公告の義務がない

以前は、株式会社の設立に必要な最低資本金が1000万円以上と、比較的高額だったこともあり、株式会社の設立はハードルが高く、会社を設立したくてもできない人が株式会社を設立するよりも少ない出資で設立できる有限会社を選んでいました。


しかし、2006年5月の会社法施行以降は、有限会社の新規設立ができなくなりました。それまでに設立された有限会社は、手続きをして株式会社に変更する、もしくは有限会社の性質を残した「特例有限会社」として存続する、のどちらかを選ぶこととなりました。そのため、現在「有限会社」を名乗っているのは、2006年以前に設立され、会社法が施行されてからも「特例有限会社」として存続することを選択した企業となります。

もともとは有限会社だった「特例有限会社」ですが、現在の法律上は、株式会社の一種として扱われます。ただし、社名には「有限会社」を用いなければならない、株式会社では必須の決算公告の義務がない、特に役員の任期がないという点は、有限会社としての特性を一部残しているような状況となっています。

有限会社と株式会社の違い

上記記載の法改正により、特例有限会社が株式会社とみなされることとなりましたが、両社には多くの違いがあることがわかります。下記の表に違いを記載します。

  特例有限会社 株式会社
商号 有限会社を名乗る  株式会社を名乗る
最低資本金  300万円  1円
上場  不可 可能
取締役任期 なし  原則2年
決算公告開示義務  なし あり
組織再編  吸収合併の存続会社 吸収分割の承継会社となれず
株式交換 株式移転不能  制限なし

有限会社のM&A

有限会社は売却可能かどうか

有限会社であっても、M&Aでの会社売却は可能です。前述のとおり、会社法施行と同日にそれまでの有限会社は「会社法上の株式会社」として一定の範囲で株式会社の規定が適用されるため、有限会社でも株式譲渡、事業譲渡、会社分割、吸収合併等による他の会社への事業承継が可能です。ただし、特例有限会社は、会社法では新たに設立することが認められておらず、特例有限会社が存続しているのは、特例として認められているだけの状態です。実は、特例有限会社のM&Aには制限があり、事業を拡大するようなことができないとされています。。つまり、特例有限会社は売却をすることはできても、特例有限会社が他の会社を買収することはできません。

具体的な方法

手順としては株式譲渡時と同様ですが、クロージングにおいて定款の変更をする必要が生じてきます。特に特例有限会社は2006年の会社法施行により大幅に定款変更されているものとみなされているため、古い定款に基づいて手続きを行うと、誤った手続となってしまう場合があり注意が必要です。また、事実上変更がなされた前提で事業活動を行っていても、法的な定款変更という形が取られておらず定款が設立時のままとなっている会社もあるため、売却を進める前によく確認しなければなりません。一方、株式会社においては、役員の改選が定款を見直すと機会となるため、比較的そのような事態は起きにくい傾向があります。

定款変更と有限会社のM&A

一般的に、定款の変更は以下のような事項において必要となります。
・事業目的の変更・本店所在地の変更
・種類株式の設定または変更または廃止・役員員数の変更
・代表取締役の選定方法・監査役の設置または廃止(氏名と住所が定款記載事項)
・決算期の変更

上記のように、有限会社がM&Aを行う際には、会社の実体に合わせた定款の変更が必要となることがあります。特別決議によって定款の変更が可能なのかどうかを確認します。特に、株主の資格を限定している有限会社もあります。家族経営をしている有限会社の中には、株式を第三者に売れないよう定款で規定している会社が少なくありません。これは会社を守るために、創業時に定めた規定だと推察されます。この場合、定款を変えるために株主総会特別決議を開き、総株主の半数以上かつ議決権で4分の3以上の賛成を得ることが必要になります。
なお、会社法施行前に設立された有限会社は、会社法施行後にあえて定款で株券発行会社の定めを置いた場合を除き、株券を発行することができません。そのため多くの有限会社では、M&Aを行う際に、株券の交付なき譲渡の無効主張や転々取得者の出現、株券廃止手続きのコストといった、株券に関する問題を考慮する必要はありません。

まとめ:有限会社のM&A

事業の拡大、後継者不在の問題解決を考えている経営者にとっては、M&Aは有効な手段となります。しかし、有限会社の経営者が売却を検討するときは、株式会社のM&Aの手続きに加えて、定款変更等の事務作業を追加で行なうことになります。悩み事やどういった動きを行うべきか早期にM&A専門家・支援会社に相談し対策を講じると良いでしょう。

M&Aの基礎知識
2021/10/04