業種別M&A動向・事例 2022/07/30

飲食店・レストランのM&A~廃業前にM&Aまたは居抜き売却を検討してみましょう~

飲食店・レストランのM&A~廃業前にM&Aまたは居抜き売却を検討してみましょう~
                    

飲食店は低資本で事業を新たに始められる業態のひとつです。裏を返せば、新規参入者が多く競争が激しいことにもなるので、経営不振から開業から数年以内に閉店・廃業して撤退してしまうことも多々あります。しかし、廃業するとなるとそのコストも少なくないものになることも多く、そのコストが次の事業を始めるときの大きな足かせになる場合もあります。もし、飲食店を閉店・廃業するつもりなら、M&Aで飲食店を売却・譲渡することを検討してみてはいかがでしょうか。経営者にとって飲食店を廃業するより、良い選択肢となるかもしれません。この記事では飲食店のM&A活用について詳しく解説します。

昨今の飲食店動向と廃業件数

帝国データバンクの調査によると、2021年1-6月に全国で休廃業・解散した企業は28,400件と、2020年1-6月期の29,780件から比較して若干低下しました。しかし、それは官民一体の資金繰り支援、コロナ対応補助金などが中小零細企業を資金面から支援したものを踏まえての数字であり、コロナ過が追い打ちをかけるなか、依然として景気は明るいとはいえない先行き不透明な状況が続いています。

また、東京商工リサーチの「2019年後継者不在率調査」では、中小企業における後継者不在率は55.6%となっており、とりわけ代表者の高齢化や、若年層の減少が後継者難に拍車をかけている状況が浮かび上がっています。

中でも新型コロナウィルスの影響を強く受けている飲食店業界は、度重なる非常事態宣言で、営業時間短縮、客数制限、酒類提供禁止、それに伴う休業など、他の業界に増して厳しい業況は続いています。もともと資本力が小さい事業者が多い業界だけに、後継者不足や経営不振から廃業・解散を選択したり、他社に飲食店を売却・譲渡する動きが強まったりしています。

当面、この流れは強くなることが見込まれています。

「後継者不在率」調査:https://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20191107_01.html
2021年1-6月 全国企業「休廃業・解散」動向調査:https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/p210705.html

飲食店の廃業原因

飲食店の廃業原因は大きく分けて2つあります。ひとつは「経営状況の悪化」、もうひとつが「後継者不足」です。

飲食店業界は他業種以上に新規参入が容易であり、その分競争が激しくなりがちです。また、外部環境変化の影響を大きく受けやすいため、ちょっとした環境変化でも大きな影響を受け、その結果経営不振に陥ることがあります。いったん経営不振に陥ると財務体力が強くない事業者にとっては復活も難しく、それが廃業や他社に飲食店を売却する動きにつながります。

また、飲食店は経営黒字を出している先でも後継者問題を抱えており、それが解決できなければ廃業や売却・譲渡という選択をせざるを得ません。しかし、廃業や倒産したら多くの関係者(顧客・従業員、取引先等)に大きな打撃を与えてしまいます。

そうなってからでは遅いので、できればまだ運営の見通しが明るい段階で積極的に店舗や会社を売却・譲渡する努力をすれば、理想的な買い手と出会える可能性も高くなります。それが廃業や倒産を避ける有力な解決策になるでしょう。

飲食店経営

飲食店を廃業するならM&Aまたは居抜き売却で解決を図ろう

飲食店の売却方法は2つ、居抜き売却とM&A

飲食店の売却方法は主に2つあります。「居抜き売却」と「M&A」です。

居抜き売却とは、飲食店の内装や厨房設備などの造作(その物件のサイズや目的に合わせた造り付けの内装や設備のこと)をそのままの状態で買い手に売却することです。M&A(企業の合併及び買収)は、株式譲渡や事業譲渡等の手法で、飲食店を会社丸ごと、あるいは事業の一部(全部)を外部の法人・個人に売却譲渡することをいいます。

飲食店を売却する経営者は、飲食店を店舗単体で売却するのか、複数事業のうち飲食事業だけ売るのか、あるいは飲食事業を運営する会社ごと売却するのか、それぞれの事情に応じて「居抜き売却」や「M&A」を使い分けると良いでしょう。

飲食店の居抜き売却及びM&Aの相場

飲食店の居抜き及びM&Aの相場ですが、売却価格の相場はその飲食店の立地や売上規模、店舗内外の清潔感や事業の財務状況等で変わってきます。このうち居抜き物件の売却相場に関しては、特に飲食店の立地状況や売上規模がその相場を左右します。しかし、いずれにしても居抜き物件の売却価格は、個別の相対取引で決まると考えて下さい。

一方、M&Aで売却譲渡する飲食店の相場では、売却価格についていくつか算出方法があります。そのうち簡便なものとして、飲食店の総資産から総負債を引いた純資産(時価ベース)に営業利益を倍率(内容によって2~5倍)して加算する方法があります。これを計算式で示すと、売却価格=純資産(時価ベース)+営業利益×(2~5倍)となります。もちろんM&Aの売却価格がこの計算式通り単純に決まるわけではありませんが、売り手買い手とも価格交渉を始める際のおおよその目安程度にはなるでしょう。

飲食店の売却・譲渡で得られるメリット・デメリット

では、飲食店を居抜きまたはM&Aで売却・譲渡したとき、当事者はどのようなメリットを受けられ、またどんな点がデメリットになるのでしょうか。売り手、買い手の双方から解説します。

売り手側のメリット

飲食店を「居抜き」で売却するときのメリット

飲食店を居抜きで売却するとき、売り手が得られるメリットは主に3つあります。

メリット①:原状回復の費用がかからない。

通常飲食店を閉店・廃業するとき、その物件を家主からテナントとして借りていた場合、退去時に物件を原状回復して引き渡す約束をしていることが多いです。ところが、飲食店は調理で水や油等を使う機会が多く、他の業種より店舗の損耗摩耗がひどいので原状回復するにも多額の費用がかかります。

そこを居抜きで売却できれば、物件の権利をそのまま買い手に引き継げるので、家主の承諾さえもらえれば原状回復の費用を掛けずに済みます。

メリット②:居抜きを売却することで現金が得られる

原状回復工事費用を抑えた上で譲渡対価として現金も得られるので、廃業を選択するより大きなメリットがあります。

メリット③:家賃を払うリスクを避けられる

通常、物件を借りる際、家主から一定の賃貸契約期間を求められることが多いです。そのため、廃業したくて家主に早めに契約解除を申し入れたとしても、契約期間が残っていれば、その期間中、借り手は家賃を払い続けねばなりません。

しかし居抜き売却することができれば、すぐに買い手に物件を譲渡できる上、家主の承諾が条件にはなりますが、買い手に契約期間の残りを払ってもらえる場合もあります。家主にとっても新たな買い手から家賃が得られるため、相談に乗ってくれるケースは多いでしょう。

飲食店を「居抜き」で売却するときのデメリット

一方、居抜き売却のデメリットですが、売却については事前に家主の承諾を得る必要があります。家主が居抜き売却を嫌う場合もあるので、売り手は慎重に承諾を得る努力をする必要があります。

M&Aで「売却・譲渡」するときのメリット

飲食店をM&Aで売却・譲渡するとき、売り手は多くのメリットを得られるでしょう。

まずM&Aのうち、株式譲渡で飲食店を売却できると、事業譲渡に比べて手続きが簡単なので短時間で飲食店を売却できます。債権者保護などの複雑な手続きが不要になるからです。さらに株式譲渡を使うと、株主の変更が行なわれるだけで社内の資産や権利に原則的には変動はありません。会社をそのまま買い手に引き継げるので、従業員の雇用や取引先との契約も維持できます。(株主が変更した場合に契約を解除もしくは変更する条項が稀に契約に盛り込まれている場合もあるので確認が必要にはなります。)

次に、飲食店を事業譲渡で外部の会社・個人に譲る場合、売り手は売却したい資産や権利を個別に選んで譲ることができます。これは売り手経営者が会社の経営権をそのまま残したい場合に便利な方法です。この方法を使うと、不採算の部門や特定エリアの事業だけ売却して、残りの事業に経営資源を集中させることができます。

M&Aで「売却・譲渡」するときのデメリット

飲食店をM&Aで事業譲渡するとき、その飲食店が債務超過(総負債額が総資産額を上回る状態)の会社だと、譲渡後にその会社の債権者に「詐欺行為取消権」を行使されるリスクがあるので注意して下さい。これは、売り手にとって慎重に対応すべき重要な注意点です。売り手の飲食店経営者が「債権者に内緒のまま」、債務超過の会社を買い手に譲渡してしまうと、会社資産の中で現金化できたり利益を生み出したりしている重要な資産が第三者に移ってしまうので、会社に残るのは無価値な資産ばかりになり、最終的に債権者の利益を害してしまいます。

そのため、譲渡後に債権者にその事実が知られて、債権者から詐欺行為取消権を行使されると、譲渡契約の有効性を裁判所に取り消されてしまいます。あくまでこのようなケースでの事業譲渡の手続きは法的正当性を整えてから行なう必要があります。

買い手側のメリット

飲食店をM&Aで売却・譲渡するとき、買い手側が受けられる主なメリットは以下の3つです。

メリット①:低コストで新規出店ができる、あるいは事業拡大を図りやすい

買い手が飲食事業で新規出店を考えているとき、新たに店舗を探したり作ったりするとなると、立地の良い場所を見つけるための調査費、土地建物等の建設取得費、社員教育費、集客費など、多額の費用がかかります。

しかし、すでに経営している店舗をM&A等で引継げれば、設備や備品、社員・顧客も含めて確保できるので、新規出店より安く費用を抑えることができます。また事業拡大を図る場合にもM&A等で飲食店を買い取れば、すでにいる顧客、取引先、店舗や設備、経験のある従業員なども引継げるので、一気に事業の拡大を図ることができます。

メリット②:好条件の物件を確保しやすい

飲食店事業にとって立地の良さは売上に直結する極めて重要なポイントです。その点M&Aだと、既存の店舗を丸ごと得られるので、候補の中から自社の飲食業態にぴったりの立地条件の物件を確保できます。

メリット③:飲食店経営のノウハウを獲得できる

異なる業界から飲食業に新規参入しようとすると、まずは飲食店経営のノウハウの獲得が必要です。しかしM&Aで異業種が既存の飲食店を確保できれば、すでにそこにはスキルを持った人材や、飲食業を経営する上で欠かせないレシピ、必要設備等が整っており、すぐにでも経営をスタートできます。労せずして飲食店経営のノウハウを得られるのです。

飲食店のM&A:まとめ

飲食店オーナーが、廃業を考えはじめる際に考慮するべき点を解説しました。特にM&Aの活用は廃業を選択するよりメリットがかなりあります。ぜひ飲食店のM&Aを前向きに検討してみましょう。

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業種別M&A動向・事例
2022/07/31
介護業界のM&A~業界動向とM&A事例をご紹介~
介護業界のM&A~業界動向とM&A事例をご紹介~

はじめに

高齢者人口が増加している介護業界は、現在、苛烈な市場環境に置かれています。そうした状況のなかで、生き残るための手段としてM&Aが盛んに行われています。このコラムでは、介護業界が置かれている市場環境について説明したのち、実際に行われたM&A事例を紹介していきます。

介護業界の現状と課題

高齢者人口増加にともなって、要介護認定者数は増加の一途を辿っています。高齢者人口が減少に転じるのは、2040年頃とされており、今後も要介護認定者数は増加していくと考えられます。

こうした状況のなかで、介護サービスに対する需要もさらに高まることが予想されます。介護サービスの需要を見込んで多くの会社が介護業界に参入して久しい昨今では、介護サービス業界では苛烈な競争が起こっており、中小事業者にとって厳しい市場環境となっています。

介護業界において、介護事業者の主な収益は介護報酬です。介護報酬とは、事業者が利用者(要介護者又は要支援者)に介護サービスを提供した場合に、その対価として事業者に対して支払われる報酬のことを言います。

この介護報酬はサービス毎に設定されており、各サービスの基本的なサービス提供に係る費用に加えて、各事業所のサービス提供体制や利用者の状況等に応じて加算・減算される仕組みとなっています。つまり、介護報酬は介護事業者が自由に設定できるものではないため、介護報酬を増やす(売上を増やす)ために、値上げなどを行うことはできません。そのため、介護業界においては、いかにコストを削減するか、あるいは効率的な経営を行うかが重要な意味を持っています。

介護報酬は3年毎に見直されるため、改訂されることで介護報酬が増える可能性ももちろんあります。しかし、こうした事業環境にある以上、大幅な介護報酬の増加は見込めないと言えるでしょう。したがって、介護事業者にはコストの削減が求められます。介護事業者の主なコストは、施設の減価償却費や賃料等の設備関連コストと人件費です。

昨今において、建築費は、資材単価や労務単価の上昇を背景として上昇傾向にあります。さらに、介護サービス従事者の給与については、足元目立った変動は見られないものの、有効求人倍率が上昇していることから、今後賃上げが必要となることも想定され、人材派遣費の増加も懸念されています。

今後、介護報酬が増えれば、事業所様の収入が増加すると考えることもできますが、介護スタッフの給与等も引き上げられる可能性も高まっていることから、必ずしも市場環境が改善されるわけではありません。

介護業界におけるM&A

 市場環境の厳しさに加え、深刻な人手不足や新型コロナウイルス感染症の影響で、介護業界の中小事業者の経営は厳しい状況に置かれています。一方で、高齢者人口の増加によって、今後も市場規模の拡大が見込まれています。

高まる介護需要に対して、介護人材を確保し、規模のメリットを生かすために、大手事業者によるM&Aによって、介護事業の拡大を図る動きが活発化しており、業界の再編が進んでいます。

介護業界において、M&Aによる事業者買収が増加している要因は、そもそも経営者自身が高齢化して、事業承継問題を抱えていることに加え、経営環境の悪化が挙げられます。慢性的かつ深刻な人手不足は、入居者の受け入れ制限や人件費の上昇につながっています。また、コロナ禍において、入居者の感染防止に取り組む必要があることから、コスト増の傾向が強まっており、中小企業が単体では経営を続けるのが難しくなりつつあります。

2022年からは、団塊世代が後期高齢者(75歳以上)となることから、今後も、介護サービスについては中長期の需要が見込まれており、介護業界は今後も規模が大きくなっていく見通しです。こうした状況下において、成長を加速させるためにM&Aを積極的に行う介護サービス事業者が増えています。

M&Aによって会社の売上規模を大きくすることによって、スケールメリットを享受することができるだけはなく、介護サービスに必要不可欠な人材も確保できます。施設の収入になる介護報酬は、国が地域やサービスごとに単価を定めているため、大幅に売上高を増加させることは難しい状況です。そのなかで収益を出すためには、規模を拡大し、コストを削減していくことが重要となります。こうした状況であるからこそ、介護業界においては、大手介護サービス事業者によるM&Aが盛んに行われているのです。

介護

介護業界におけるM&A事例

ここからは、介護業界におけるM&A事例を紹介していきます。

(1)ALSOKによるかんでんジョイライフとかんでんライフサポートのM&A

2022年6月、ALSOKは、関西電力傘下で有料老人ホーム運営など介護事業を手がける、「かんでんジョイライフ」と「かんでんライフサポート」の2社を子会社化することに成功しました。ALSOKは、この子会社化を通じて、主業である警備事業の周辺分野として育成中の介護事業を強化する狙いがあります。

ALSOKは、国や地方公共団体、各種金融機関、一般事業者向けに、多種多様な警備サービスを提供するほか、個人の顧客にもホームセキュリティをはじめ、安全安心と便利を提供する取組みを進めており、さらに、警備事業を起点として周辺分野への事業領域拡大に取組んでいます。

個人、特に高齢者に対する安全安心を提供するため、2012年にALSOKケア株式会社を設立して介護事業に参入したあと、2014年には株式会社HCM、2015年にはALSOKあんしんケアサポート株式会社、2016年には株式会社ウイズネット、2018年に訪問マッサージの株式会社ケアプラス、2020年に㈱らいふホールディングスを子会社化し、更には同年、三菱商事株式会社と資本業務提携のうえ高齢者生活支援サービス等を行う株式会社日本ケアサプライを持分法適用関連会社化し、介護およびその関連事業を強化しています。

今回のM&Aによって、主に特定施設を中心に高齢者施設・住宅事業を1,200室超規模で展開し、関西4府県(京都、大阪、兵庫、奈良)においてトップクラスを誇る、強固なブランド力を確立するとしています。

「かんでんジョイライフ」と「かんでんライフサポート」が展開する介護事業は、利用者が自分らしい生活を継続できることを重視した、自立者向けを含む高品質な介護サービスを提供し続けてきた特徴があるとしており、今回のM&Aを通じてALSOKに参画することで、介護事業を拡大・強化するのみならず、新たなラインナップ拡充による総合力強化に資するとしています。

(2)SOMPOケアによるネクサスケアのM&A

2022年4月、SOMPOホールディングス(HD)傘下で介護事業を手掛けている「SOMPOケア」は21日、全国で16の介護施設を運営する「ネクサスケア」を完全子会社化することに成功しました。

SOMPOケアは、M&Aを行った2022年4月時点において、約450の介護施設を運営しており、今後も自社施設の新設やM&Aなどによって規模の拡大を狙っています。提供している介護サービスの価格帯がSOMPOケアの施設の水準に近いことから、M&Aを行うことによって、運営面でシナジーを生みやすいと考え、今回のM&Aに至りました。

もともと、ネクサスケアは、東京や仙台、札幌などの主要都市で、9カ所の介護付き有料老人ホームと、7カ所の住宅型有料老人ホームを運営している企業です。従業員はそのままSOMPOケアが引き継ぎ、施設名なども当面は変えずに運営するとしています。SOMPOケアは、自社でも今後5年間で33棟の介護施設を新設する方針を掲げており、規模拡大に積極的だ。また、こうした動きの中でも安定的に人材を確保するため、賃金改定の実施や研修制度の強化にも取り組んでいくとしています。

(3)ニチイ学館による西日本ヘルスケアのM&A

2021年6月、ニチイ学館は、LeTechの介護事業を承継する西日本ヘルスケアを子会社化することに成功しました。

もともと、ニチイ学館は、医療関連事業、介護事業、保育事業、ヘルスケア事業、教育(語学)事業、セラピー事業、グローバル事業を展開している企業でした。一方で、LeTechは、2015年11月に住宅型有料老人ホーム「サンライフ栗東」(滋賀県栗東市)を開設して以来、順調に拡大を続け、滋賀県、京都府及び大阪府に、合計7施設の住宅型有料老人ホーム、グループホーム・小規模多機能型居宅介護及びサービス付き高齢者向け住宅を運営していた企業です。今回のM&Aを通じて、施設利用者や展開地域へのサービス供給を安定化し、グループの中長期的な企業価値向上を図るとしています。

おわりに

介護業界は厳しい市場環境に置かれています。それでもM&Aによって再編が起こっている理由は、市場規模の拡大が今後も見込まれているからです。こうした市場環境においては、介護事業者が、さらに効率化やコスト削減を推し進めるべく、M&Aが盛んに行われるようになっていくはずです。特に中小事業者は、厳しい状況に置かれており、大手事業者とのM&Aによってその傘下に入ることが多くなっていくことでしょう。

その他の業種・業界別の事業承継/M&A(事業買収・売却・提携)の特徴・動向や事例はこちら

業種別M&A動向・事例
2022/07/30
不動産業界におけるM&Aの動向と事例を紹介
不動産業界におけるM&Aの動向と事例を紹介

不動産業とは、大きく不動産取引業と不動産賃貸業・管理業に分類され、不動産の売買、交換、賃貸、管理または不動産の売買、賃借、交換の代理もしくは仲介を行う事業を営むことを言います。近年、不動産業界では業界の再編が進んでおり、その手段としてM&A(Mergers & Acquisitions)が盛んに利用されています。今回は、そんな不動産業界におけるM&Aの動向と事例を紹介していきます。

不動産業を営む企業のM&A動向

不動産業は、全産業の売上高の 3.3%、法人数の 12.4%(令和2年度)を占める重要な産業の1つです。不動産業に関わる業務内容は幅広く、事業者の規模も大手総合不動産会社から個人経営の中小事業者まで多岐にわたることが特徴となっています。

近年では、不動産専業の事業者だけでなく、異業種でも一部不動産業を営む事業者や新興企業の参入も多くM&Aの買収ニーズもある業界です。不動産業は、不動産という高額な商品を取り扱うという業界特性を持つことから、景気動向に左右される業界となります。景気が良ければ、戸建てやマンションの売れ行きも好調となり、各社の業績も良くなりますが、景気が悪くなれば、不動産が売れずに不調に陥る場合もあります。

今後の日本は、高齢化社会を迎えるということもあり、人口減少も予想されるなかで、不動産業はその対応を迫られることになるでしょう。その結果、多くの中小企業者同士のM&Aが進んだり、他業界からの新規参入も相次いでいます。商用施設の建設については、新型コロナウイルスの世界的な流行がおさまってきたこともあって、今後、一定の需要が見込まれるものの、戸建てやマンションといった居住施設については、人口減少によって需要が減少することが予想されるため、現在から業界の再編が進んでいます。

不動産業を営む企業のM&A事例

ここからは、最近の不動産業に関するM&A事例を紹介していきましょう。

(1)日本リビング保証による三春情報センターへのM&A事例

2022年6月、住宅のトータルメンテナンス事業、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)事業を手掛けている日本リビング保証は、完全子会社であった横浜ハウス(売上高1億1900万円、営業利益△555万円、純資産△909万円)の全株式を、不動産売買や賃貸の仲介などを手がける三春情報センター(横浜市)に譲渡しました。横浜ハウスは、戸建住宅・マンション・店舗等の全リフォーム工事の請負などを行っている企業です。

もともと、日本リビング保証は2020年7月に横浜ハウスを子会社化していたものの、シナジー効果を十分に得られないと判断し、譲渡に至っています。

(2)ビーロットによる東観不動産のM&A事例

2022年5月、国内外の富裕層・投資家を顧客とした資産運用サービスを手掛ける総合不動産会社であるビーロットは、不動産賃貸業を営む東観不動産(東京都千代田区。売上高1億3100万円、営業利益500万円、純資産8億300万円)の全株式を取得して子会社化しました。

ビーロットは、不動産を保有する企業のM&Aに積極的に取り組んでおり、今回の東観不動産の買収を通じて、不動産管理のノウハウを取得するとともに、保有する不動産のさらなるバリューアップを図るとしています。

(3)キムラタンによる和泉商事のM&A事例

2022年4月、1925 年の創業以来、ベビー・子供アパレル事業を主な事業内容とし、一貫して自社オリジナル企画・デザインによる製品を提供してきたキムラタンは、不動産賃貸業を営む和泉商事(売上高11億3000万円、営業利益2億4900万円、純資産9億4800万円)の全株式を取得し子会社化しました。

キムラタンは、「2021年2月に事業を開始した不動産事業を第2の柱事業として拡大を図ることを目指し、全国に約70の収益物件を所有し、安定収益を計上している和泉商事の全株式を取得することを決定した」と公表しています。

このM&Aによって、キムラタンは、赤字となっているベビー・子供アパレル事業を大幅に縮小し、不動産賃貸業を主事業へと切り替えていくとしています。

(4)日本エスコンによるピカソと優木産業のM&A事例

2021年8月、関西、首都圏を中心に全国で不動産の総合開発事業を展開する日本エスコンは、関西で不動産賃貸事業を展開するピカソ(大阪市。売上高60億7000万円、営業利益18億7000万円、純資産43億9000万円)、優木産業(大阪市。売上高31億円、営業利益7億1300万円、純資産15億9000万円)の2社の全株式を取得し子会社化しました。

ピカソと優木産業の子会社化は、「賃貸事業を強化するとともに安定収益を確保し、収益構造の転換を一気に推進するものである」と公表しています。

このM&Aによって、日本エスコンは、関西圏における不動産賃貸事業の安定収益を確保していくとしています。

(5)三越伊勢丹ホールディングスによるThe Blackstone Group Inc.へのM&A事例

2020年11月、三越伊勢丹ホールディングスの完全子会社である三越伊勢丹が保有する連結子会社の三越伊勢丹不動産の全株式をThe Blackstone Group Inc.とその関連会社が運用または投資アドバイザーを務める特定のファンドが設立した法人であるエチゴ合同会社に譲渡しました。

三越伊勢丹不動産は、自社で所有する物件の賃貸営業やマンションの分譲を中心に事業を展開する一方で、不動産オーナーが所有する物件のサブリース事業・賃貸管理事業、管理組合事業にも取り組んできた企業です。

このM&Aによって、三越伊勢丹ホールディングスは株式の売却益を得ることとなった。三越伊勢丹ホールディングスの主事業である百貨店事業が不況にあえぐなか、今回の株式売却を通じて赤字を補填して、今後は主事業の強化に取り組むとしています。

おわりに

景気動向に左右されやすい不動産業界は、安定収益をもたらす物件を取得するために、盛んにM&Aが行われている業界です。不動産管理には、不動産管理特有のノウハウが必要となるということもあり、異業種からの参入のために、不動産業を営む企業の買収も盛んに行われています。

各業界別M&Aの一覧はこちら

業種別M&A動向・事例
2022/07/30