M&Aの基礎知識 2022/03/01

事業承継円滑化法とは?概要や施行されるに至った経緯

事業承継円滑化法とは?概要や施行されるに至った経緯
                    

はじめに

 日本では中小企業の経営者の高齢化が問題となっており、会社の事業承継がスムーズに進んでないことが課題となっています。中小企業の事業承継をスムーズに進めるべく、日本政府は法律の整備を進めてきており、2008年に経営承継円滑化法が施行され、その後改正が進められたことで、会社の事業承継を行うための環境が整いつつあります。

 この記事では、事業承継円滑化法について詳しく説明するとともに、中心的な制度である事業承継税制についてわかりやすく解説していきます。

経営承継円滑化法(事業承継を円滑にするための法律)の概要

ここでは事業承継円滑化法が施行されるに至った経緯について、詳しく説明していきます。

問題の所在

中小企業の事業の承継はなかなか進まない理由としては以下があげられます。

  1. 贈与税及び相続税の負担
  2. 事業承継時の資金調達難
  3. 民法上の遺留分による制約(民法上の遺留分とは、被相続人が有していた財産の一定割合について、最低限の取り分として、一定の法定相続人に保障する制度のこと)

これらの課題から、事業を承継できなかった会社は事業を廃業するしか道が残されていなかったのです。事業を承継できなければ、そこで働く従業員の雇用が失われ、会社に蓄積されていたノウハウも失われてしまいます。日本社会において、中小企業の廃業がもたらす悪影響は甚大なのです。

経営承継円滑化法の内容

 そこで、中小企業における経営の承継の円滑化を図り、中小企業の事業活動の継続に資することを目的として、2008年10月1日に「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(中小企業経営承継円滑化法)」が施行され、上記の課題に対応するかたちで、①事業承継税制、②金融支援、③遺留分に関する民法特例という3つの制度が設けられました。

3制度

 これら3つの制度が生まれたことで、①事業承継時の贈与税及び相続税の負担が軽減され(事業承継税制)、②経営者の死亡及び退任に伴い必要となる資金や他の事業者から経営を引き継ぐための買収資金の調達支援を受けることができるようになり(金融支援)、③後継者を含めた先代経営者の推定相続人全員の合意の上で、先代経営者から後継者に贈与等された自社株式・事業用資産の価額について、(1)遺留分を算定するための財産の価額から除外(除外合意)、又は(2)遺留分を算定するための財産の価額に算入する価額を合意時の時価に固定(固定合意)をすることができるようになりました(民法上の遺留分に関する特例措置)。

端的に言えば、事業の承継がしやすくなったのです。

経営承継円滑化法の改正

 2017年には、この制度の一部変更され、経済産業大臣が行っていた認定((1)中小企業者の事業承継税制及び金融支援に係る認定、(2)経営の承継に関する指導及び助言)は、中小企業者の主たる事務所の所在地を管轄する都道府県知事が行うこととなっています。さらに、2018年の税制改正において、事業承継時の贈与税・相続税の納税を猶予する事業承継税制が大きく改正され、10年間限定の特例措置が設けられるなど、事業を承継しやすい環境整備が大幅に進められています。

事業承継税制の概要

 経営承継円滑化法は、①事業承継税制、②金融支援、③遺留分に関する民法特例という3つの制度によって構成されていますが、その中でも最も重要な制度が「事業承継税制」です。事業承継税制は、経営承継円滑化法の骨子であり、金融支援、遺留分に関する民法特例はそれに付随した制度になります。そのため本コラムでは、事業承継税制について解説していきます。

事業承継税制の内容

 事業承継税制は、経営承継円滑化法に基づく認定のもと、会社や個人事業の後継者が取得した一定の資産について、贈与税や相続税の納税を猶予する制度のことを言います。この事業承継税制には、会社の株式等を対象とする「法人版事業承継税制」と、個人事業者の事業用資産を対象とする「個人版事業承継税制」があり、どちらかを選択して適用の申請を行う必要があります。事業承継税制の具体的な内容は次のとおりです。

(1)法人版事業承継税制: ⾮上場株式等に係る相続税・贈与税の納税猶予制度

 中⼩企業の事業の継続を通じた雇⽤の確保や地域経済の活⼒維持を図る観点から、後継者が、都道府県知事の認定を受けた⾮上場中⼩企業の株式等を先代経営者から相続等⼜は贈与により取得した場合において、⼀定の要件を満たすときは、相続税・贈与税の納税が猶予及び免除されます。

(2)個人版事業承継税制: 個⼈の事業⽤資産に係る相続税・贈与税の納税猶予制度

 個⼈事業者の円滑な世代交代を通じた事業の持続的な発展の確保や地域経済の活⼒維持を図る観点から、後継者が都道府県知事の認定を受け、先代事業者から相続等⼜は贈与により事業⽤資産を取得した場合において、⼀定の要件を満たすときは、相続税・贈与税の納税が猶予及び免除されます。

事業承継税制の改正

 事業承継税制は2018年に大幅に変更され、より使いやすい制度へと生まれ変わっています。改正点は大きく分けると2つあります。

 まず1つ目は自社株を承継する際に「贈与税と相続税が一切かからない」仕組みに改正されたということです。改正前の事業承継税制では、納税猶予の対象となる株式(発行済議決権株式総数)の上限が全体の3分の2で、しかも、相続の場合の猶予割合は80%でした。そのため、発行済議決権株式総数の3分の2×80%=53%の自社株については猶予を受けることができるものの、残りの47%については贈与税と相続税の納税が必要だったのです。今回の改正によって、上限と猶予割合の制限が全廃されて、自社株承継時の納税割合がゼロとなりました。

 2つの改正点は雇用確保要件の実質撤廃です。従来の制度では、生前贈与以降の5年間平均で当初の80%の雇用者数の維持が義務づけられています。この制限を守らなければ、贈与税と相続税について全額納付しなければなりません。(事業承継税制の適用を受けられません)。しかし、今回の改正によって、この雇用確保要件は実質撤廃されました。

 ここで、実質と言っているのは、雇用者確保の割合である80%を下回った場合でも、その理由を記載した書類を都道府県に提出すれば、猶予税額を支払わなくても良いとされています。この書類には、事業承継税制の認定支援機関である「認定経営革新等支援機関」の意見が記載されなければなりません。認定経営革新等支援機関による意見があれば、雇用者確保の割合である80%を下回った場合でも事業承継税制の適用を受けられます。

事業承継税制についてのメリット・デメリットはこちらで詳しく解説しています。

おわりに

 長年課題であった中小企業の事業承継問題は、解決のための環境が整えられつつあります。近年の法改正によって、経営承継円滑化法にもとづく3つの制度はより活用しやすいものとなりました。これらの制度を活用すれば、贈与税や相続税の猶予・免除を受けられるようになったり、補助金を受けとれるようになったりします。事業の承継を考えている中小企業の経営者は経営承継円滑化法に基づくこれらの制度を上手に活用して事業承継に役立てましょう。

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レーマン方式とは?~M&Aにおける報酬はどのように決まる?~
レーマン方式とは?~M&Aにおける報酬はどのように決まる?~

はじめに

中小企業経営者の高齢化に伴ってM&Aを利用した事業承継が活発に行われています。中小企業にはM&A取引を行うだけのリソースが限られているため、M&A仲介業者にM&A取引を委託するのが一般的となっています。

一方で、M&A仲介業者に支払う報酬(手数料)の不透明さや不公正さが問題となっています。M&A仲介業者ごとに、中小企業側が支払うべき手数料が異なっていて、“中小企業側がその報酬額が妥当であるかどうかが判断できない”ことが大きな問題となっているのです。M&A仲介業者が利益を得る方法は様々です。取引ごとに定額で手数料を徴収する方法、取引額に応じて手数料を得る方法、あるいはその両方を組み合わせた方法などがあります。

結果として、M&Aにおける手数料の算定方式の標準化を目指して、近年では手数料の算定方式が一定程度整備されました。M&Aにおける手数料の算定方式としては「レーマン方式」と呼ばれる方式が広く実務に浸透しています。

今回は、M&Aにおける手数料の算定方式である「レーマン方式」について詳しく解説していきます。

レーマン方式の由来 〜M&Aにおける報酬を計算する〜

レーマン方式によるM&A仲介業者の報酬計算式はもともとリーマン・ブラザーズが顧客のために事業資金を調達する際に使用するために1960年代後半に開発されたものです。英語圏はLehmann Formulaと呼ばれており、英語圏の発音に則ればリーマン方式と呼ぶほうが妥当でしょう。

それでは、なぜ日本ではレーマン方式という呼び方となっているのでしょうか。

その理由は、日本においては、レーマン方式は「ドイツの経営学者であるレーマンの学説を応用した成果配分方式」として説明されているからです。

しかし、日本でレーマン方式について説明したもののなかに、レーマンの学説を説明したものは一切ありません。そもそも、レーマンは企業の業績である売上高・付加価値・営業利益・経常利益等を労働者の貢献度合いによって付加価値を計算する計算式を提示したに過ぎません。

英語圏の資料を紐解けば容易にわかるように、レーマンの学説を応用した成果配分方式であると説明しているものはなく、レーマン方式はレーマンの学説に由来するというのは根拠のない説明であることがわかります。英語圏では、リーマン方式の由来はリーマン・ブラザーズが開発したものであるという説明が有力です。

もともと、グローバルな投資銀行サービスを提供するリーマン・ブラザーズはサービスに対する手数料を顧客に明確に伝える方法を必要としていました。レーマン方式の利点は、誰にでも理解しやすく、顧客が取引でどれだけの手数料がかかるかすぐに概算を知ることができる点にあります。その後、レーマン方式による報酬の計算は、ビジネス・ブローカー、M&Aアドバイザー、投資銀行家、その他あらゆる規模の事業売却の仲介を行う専門家に支払われる手数料を計算するために広く適用されるようになりました。

リーマン・ブラザーズがレーマン方式による計算式を開発する以前は、金融機関によって手数料が大きく異なり、なかには手数料が総額の15%以上に達するケースもありました。

この報酬方法は、バラツキのある手数料を標準化する方法として1990年代まで広く利用されています。レーマン方式による計算式は、もともと100万ドル以上の取引に適用され、次のように計算されていました。

  • 最初の100万ドルの5%
  • 2回目の100万ドルに対して4%
  • 3回目の100万ドルの3%
  • 4番目の100万ドルの2%

このように計算していき、400万ドル以上の取引については1%の手数料となります。レーマン方式では、投資銀行手数料は取引額に対するパーセンテージで構成され、段階的な手数料が設定されるのが普通です。

レーマン方式による報酬計算の実情

レーマン方式を利用した報酬計算は、2020年3月に中小企業庁が公表した『中小M&Aガイドライン』でも説明されています。そこでは、「レーマン方式は、「基準となる価額」に応じて変動する各階層の「乗じる割合」を、各階層の「基準となる価額」に該当する各部分にそれぞれ乗じた金額を合算して、報酬を算定する手法」とされています(中小企業庁『中小M&Aガイドライン』p.46)。

中小M&Aガイドラインに掲載されているレーマン方式の例

出所:中小企業庁(2020)『中小M&Aガイドライン』p.46

M&A仲介業者は、M&A当事者である譲渡側・譲受側双方と契約締結の上、譲渡側・譲受側双方に対して手数料を請求するのが普通です。レーマン方式による報酬計算は、標準化された計算方式ではあるものの、「基準となる価額」について決まった額があるわけではありません。「乗じる割合」についても同様です。

したがって、各M&A仲介業者によって基準となる価額、乗じる割合は異なることになります。レーマン方式による報酬計算は、こうした体系表をM&A取引の当事者に事前に提示することができるため、透明な手数料設定が可能となり、M&A取引の当事者である中小行経営者も納得しやすいというメリットがあります。

一方、M&A仲介業者にとっては、売り手側の提示額が小規模である場合、「基準となる価額」が小さくなることから、十分な成功報酬を確保できないケースがあるというデメリットがあります。通常、M&A仲介業者は、こうしたリスクを未然に防ぐために、別途最低手数料を設けているケースが多いです。

報酬の計算には、レーマン方式以外にもいくつかの計算方法があります。たとえば、会社を売却する価格の目標値を設定して、この評価額に対する基本的な報酬を売り手との間で合意しておくものの、それ以上の価格で売却することができれば、M&A仲介業者は順次高い報酬を得ることができる、という「スケールドパーセント方式」です。

たとえば、800万ドルで売却した場合、3%の手数料を得ることができるものの、900万ドル以上で売却した場合、手数料は3.5%に跳ね上がり、1000万ドル以上で売却した場合は、最高で4%となるようなケースです。この報酬体系はM&A仲介業者が最高価格を付けてくれるような買い手となる企業を見つけるインセンティブを与えるものです。ただし、日本の中小企業に対してM&A仲介業者は買い手・売り手の両方から報酬を得ているため、スケールドパーセント方式はあまり用いられていません。

おわりに

レーマン方式によるM&A仲介業者の報酬計算は、報酬の透明性と公正性を担保するための一つの方法に過ぎません。レーマン方式は、日本では、ドイツ経営学由来の計算方式であると説明されることが多いものの、英語圏では米国由来の計算方式であると説明されています。結局のところ、M&A仲介業者の報酬を透明あるいは公正にするというのは非常に難しい課題です。「〜%以上の報酬を受けてはいけない」というルールを作っても、それはM&A仲介業者の競争を阻害する可能性があり、M&A業界の健全な発展を妨げる可能性があります。したがって、現在は、中小企業庁が『中小M&Aガイドライン』を公表して、M&A仲介業者の報酬に一定の制限をかけています。M&A仲介業者もガイドラインを積極的に守ることでM&A仲介業者を利用する中小企業が安心して取引を依頼できる環境作りが行われており、M&A業界の健全な発展が期待されています。

 

M&Aの基礎知識
2022/05/18
社長が「会社売却」を真剣に考える理由は?よくある売却理由5選
社長が「会社売却」を真剣に考える理由は?よくある売却理由5選

 はじめに

経営者(社長)が会社売却や事業売却を考える理由としてどのようなものがあるでしょうか。

自分のビジネスを持つことは、非常にやりがいがあり充実したものですが、いつかは出口戦略を検討しなければならないときがきます。会社や事業を売却するという決断は、会社にとって重要な選択のひとつです。会社や事業を売却するタイミングは事業価値がピークに達したときや事業を良いタイミングで引き継げるときに合わせるのが理想的ですが、それを予測するのは困難です。この記事では経営者が会社売却や事業売却を考える理由を5つ紹介していきます。

社長が会社売却を考える理由

経営者が自分の会社や事業の売却を考える理由は様々です。経営者の個人的な事情である場合もあれば、会社が置かれた事業環境の影響の場合もあるでしょう。以下では、経営者が会社・事業の売却理由として挙げることの多い順に説明していきます。

売却理由①:後継者不在による事業承継

経営者が会社売却を考える理由として最も多いのは後継者が不在であるためです。個人事業主である場合もそうですが、特に、従業員を抱えているケースでは簡単に会社をたたむこともできないので、事業を承継しなければなりません。この場合、後継者を探して事業を承継しなければなりませんが、そのときに用いられるのが、「経営者が保有する株式を売却して事業を承継する」という方法です。つまり、経営権を企業外部あるいは内部に譲渡して会社を存続させます。そして、自身は会社経営から退く、またはアドバイザーとなります。近年では、特に中小企業において、経営者の高齢化とともにどのように事業を継続させるかが問題となっており、その際、後継者がいないことが大きな問題となっています。

売却理由②: 創業者利益の獲得

創業者が保有する株式を売却して利益を得る目的で会社売却を行うケースもあります。一般に、これは創業者利益の獲得目的の会社売却と呼ばれます。創業者利益とは、会社の設立に際して株式を引き受けた創業者が、自身が保有する株式を株式市場に売りに出した際に獲得できる、株式の時価と払込額面価額(取得原価)との差額を言います。

創業者は会社が利益を獲得するために事業を展開し、事業が獲得した利益から従業員・サプライヤー・負債・税金などあらゆる支払いを行っています。そのためには、多くの労働時間と知力を捧げなければなりません。創業者は、事業を展開し始めた頃、積極的にリスクをとって事業を成長させようとするでしょう。なぜなら、失うべき会社の価値がまだあまりないからです。創業者がビジネスを成長させたいのであれば、リスクを取ることは重要なことです。しかし、会社が大きくなるにつれて、会社の価値も大きくなります。会社の価値が大きくなると、それを毀損する恐れから経営者が大きなリスクを忌避し、より保守的になる場合もあります。

多くの人が自分のビジネスを持つことを夢見ますが、ひとたびそれが現実となると、その仕事量に圧倒されることになるでしょう。その結果として、燃え尽きてしまうということも少なくありません。多くの経営者は、事業の繁栄のために人生を捧げてきたのですから、その成果を享受するのが当然です。また、ビジネスを売却しても、パートタイムのコンサルタントとして残ることで、趣味を楽しみながら、ビジネスをより身近なところで支援する経営者もいます。年齢を重ねた創業者は誤った戦略の修正に何年も費やしてダメージコントロールするような余裕はもはやないため、会社を失いかねない危険な状況を避けるようになるでしょう。こうした場合、創業者は、常に投資からの撤退(事業からの撤退)を考えているはずです。

それは、会社が悪い状況にあるからではなく、それが個人的に賢明なビジネス上の決断だからです。こうした理由から、創業者利益を獲得するために、会社を売却する場合があります。

売却理由③:「先行き不安」と「業績不振」

会社の将来性に不安を抱えていたり、会社の業績が不振だったりするケースでも、経営者は会社売却・事業売却を検討するでしょう。経営者が会社や事業の売却を考えていないときでも、個人・グループ・他社から魅力的なオファーがある場合もあるかもしれません。

会社の将来性に不安があり、経営者自身の能力や熱意ではどうしようもないケースや、業績不振が続いていて、経営者としての資質が疑わしいときに、経営者は会社から身を引くことを考えた方が良いケースもあります。

不透明な事業環境におかれた会社であればあるほど、経営者は、将来にわたって独力で会社を運営していくことに不安を感じ、資金力がある大手企業の傘下に入ったほうがいいと考えることになります。その方が、会社のためにも会社で働く従業員のためにも良いとの判断のもとで、会社や事業の売却を検討することになるでしょう。

売却理由④:戦略的撤退〜「選択と集中」〜

ある事業の業績不振が続いているケースでは、戦略的にその事業からの撤退を考え、事業売却を検討する経営者もいます。ただし、戦略的撤退は、決して後ろ向きの決断ではなく、業績不振の事業以外の事業に集中し、会社を守るための前向きの決断であると考えるべきです。

この場合、経営者は、選択と集中という戦略のもとで、事業の売却を考えることになります。選択と集中とは、不採算事業を売却して、成長事業に集中して経営資源を投入する戦略のことです。より大きな競争力を持つ新しい経済プレーヤーの出現は、自社のビジネスを脅かす可能性があります。このような場合、競合他社に顧客と市場を奪われるのを待つよりも、その会社が存在し続ける間に売却する方が賢明な選択となる可能性があります。そのため、経営者は選択と集中戦略のもとで戦略的撤退を行うために、会社売却を検討することになるでしょう。

売却理由⑤:「会社の発展」と「社員の将来」を考えて

複数の競合他社が存在する市場において、中小企業や個人事業主の規模は小さく、市場シェアや売上を大きく伸ばすことができないため、事業の将来性が見込めないということがよくあります。

このような場合、現実的に考えて、経営者は成長するための競争力を得るために、事業提携や合併などのかたちで会社に競争力をもたらす必要があります。つまり、今後競争力を高めることが難しいということです。もし、大企業の顧客基盤が利用できるようになれば、より大きな仕事ができるようになりますし、資金提供を受ければ、より事業を成長させることができるかもしれません。この場合、経営者は経営権を譲渡して会社を成長させようとするのです。もし、経営者が今後自身で会社を成長させるための戦略上の決断を下すだけの能力、活力が自分にはないと考える場合、最善の方法は、良い買い手を探し、会社を売却することです。つまり、会社の発展や社員の将来を考えて会社を売却することも、経営者は決断しなければならないケースがあるのです。

幸せな社員・会社

まとめ:社長が「会社売却」を真剣に考える理由

経営者であれば、普段の会社経営と同じくらい真剣に会社売却の戦略を立てておかなければなりません。ネガティブなイメージで捉えられがちな会社売却ですが、会社のために会社売却を決断しなければならないケースも多くあります。会社を存続させるために自ら身を引かなければならないケースもあるでしょう。会社売却をネガティブに捉えるのではなく、会社を存続させるための有効な手段として捉えておかなければなりません。

会社を売る場合の相場はどれくらい?企業価値評価算出の方法の解説はこちら

M&Aの基礎知識
2022/05/18
多角化経営の実現のために 〜事業多角化をする理由とM&Aの活用〜
多角化経営の実現のために 〜事業多角化をする理由とM&Aの活用〜

はじめに

企業の収益性を高め、事業リスクを軽減するために、経営の多角化を考える経営者のみなさまは少なくありません。経営の多角化を迅速に実現するためにはM&A(Mergers(合併)and Acquisitions(買収))の活用は欠かせません。この記事では、多角化経営の意義について説明したあと、多角化経営を迅速に実現するための手段としてのM&Aについて詳しく解説していきます。

多角化経営実現の意義

多角化経営とは、企業が提供する製品またはサービスを変更または拡大することによって成長を図る企業戦略のことを言います。一般に、企業は、競合他社に差をつけるために多角化戦略をとる場合があり、これは「攻めの多角化」と呼ばれています。一方、企業は、市場環境の大きなプレッシャーに直面した際に、「守りの多角化」に着手するケースもあります。

ビジネスが誕生してから時間経過する、または参入障壁の低いビジネスモデルなどが原因となり、市場シェアや利益を拡大することが難しくなる場合があります。新しい事業分野への多角化は、収入を大幅に増やす機会を与えるだけでなく、本業が一時的または長期的に急降下した場合に備えて、会社を守ることにつながります。

多角化とは、既存のビジネスを拡大することではありません。多角化の本質は、新たなビジネスチャンスを広げることにあります。たとえば、ある町でダイニング・レストランを経営している場合、隣町に2号店をオープンすることは、「経営の多角化」ではなく「事業の拡大」に過ぎません。企業向けにケータリングを始めたる、料理を提供していない時間帯に料理教室を開くといったことが多角化となります。

経営の多角化を検討する際には、関連する事業にとどまるのか、それとも全く別の市場に進出するのかを決めなければなりません。たとえば、ペットシッターがグルーミングサービスを提供するように、市場内にとどまることで、これまでの人脈やブランド、顧客基盤を活用することができるでしょう。

一方で、ペットシッターが造園業を始めるように、新しい市場に進出すれば、特定の業界の景気後退に対して、他の事業でカバーできるようになり経営としての安定性は高まるでしょう。関連する事業に進出する場合には、既存のリソースを活かすことで軌道に乗せやすくなる反面新しい取り組みが失敗した場合、ブランドが損なわれる可能性があります。他方、全く新しい分野でビジネスを始めると、ゼロからのスタートとなるため、既存事業への影響は少ないかもしれませんが、軌道に乗せるにはより多くの時間と資金が必要となる場合が多くなることに留意しなければなりません。

多角化経営を行う6つの理由

多角化経営を行う理由には、以下のようなものがあります。

(1)競争に打ち勝つ

市場における競争優位に立つための最良の方法は多角化です。たとえば、関連する事業へと製品・サービスのポートフォリオを拡大することによって、競合他社が提供できないものを提供できるようになります。

(2)利益を安定させる

経営の多角化が成功すれば、事業の成長、ひいては収益も大きく向上します。一般に、一つの事業が成長し続けられる保証はありません。様々な事業へと多角化し、一つの事業が他の事業を補完するという関係をつくることで会社の収益性を向上させることができます。

(3)事業リスクを回避する

企業経営において、限られた経営資源を有効活用するために、全体を俯瞰した上で、どこに経営資源を配分すればよいかを考えなければなりません。事業多角化は、景気後退などのリスクを回避するための積極的な手段となり得る戦略です。1つの事業に注力する場合、事業の根幹を揺るがす変化が起きると、会社もろとも倒れてしまう可能性があります。事業ごとに異なる製品やサービスを提供することで、業界の不況のダメージを軽減できます。経営の多角化によって事業領域を複数もつことで市場の変化にも対応できるようになるということです。事業を複数とすればするほど、経営者の視点から「事業ポートフォリオの最適化(事業の選択と集中による経営資源の最適配分)」を図らなければなりません。事業ポートフォリオの構築は、事業リスクを回避するための重要な手段です。

(4)ブランドイメージの向上

経営の多角化は、ブランドイメージを向上させる方法となり得えます。新たに買収したブランドとの結びつきを強めることで、ブランドイメージを向上させられるかもしれません。知名度のあるブランドを買収すれば、そのブランドイメージを自社に取り込める可能性があります。

(5)経営資源の最適化

事業の成長が鈍化し、環境変化によって将来性が見込まれなくなってしまった場合、経営者はその事業へ投資ができず、会社に余剰資金が発生することになるでしょう。そんなときに、事業を多角化していれば、ある事業の余剰資金を他の事業へ振り向けることができます。余剰キャッシュフローの活用、既存インフラの有効活用、企業レベルの意思決定の改善など、多角化は企業の資源を最適化する方法となり得るのです。

多角的

多角化経営とM&A

多角化経営を行う企業は、2以上の事業の経営資源を組み合わせることで会社の収益性を高めリスクを分散することもできます。中小企業が陥りがちな収益性に関する成長の鈍化と事業リスクへの直面を解決できるのが多角化経営なのです。

多角化経営の実現を目指す場合、既存事業がうまくいっていて、会社に余剰資金がある場合、その余剰資金を使って事業を多角化することもできるかもしれません。しかし、通常、新しい事業を軌道にのせるためには時間がかかります。

しかし、多角化経営を迅速に実現する手段が一つだけあります。それがM&Aの活用です。

たとえば、特定の地域に店舗・工場を建設しようとすれば、土地・建物の購入または賃借、改装等工事、従業員の雇用、取引先開拓など多くの時間とコストを投じなければなりません。しかし、M&Aを行うことで、自社で一から経営資源を投入して、事業を立ち上げずに済みます。買収対象の企業がすでに事業を展開しているため、その経営資源を利用すれば良いからです。さらに、買収を通じて、優秀な人材やノウハウなどを獲得できます。自社で人材育成を行ったり、ノウハウを積み上げたりする時間を短縮できるなど、多角化を迅速に実現するためには、M&Aが不可欠です。

事業を多角化する場合、既存事業と関連する事業に参入するケースと既存事業と関連しない事業へ参入するケースが考えられます。特に、既存事業と関連しない事業へ参入するケースでは、必要となる経営資源を準備するために時間もコストも必要となるケースが多いため、M&Aを活用してすでに事業を展開している会社を買収してくることで、買収企業の経営資源を有効に活用しながら、自社の経営資源と組み合わせることでシナジー効果を得られます。

おわりに

多角化経営を行えば、ビジネスを成長させ、リスクを軽減することができます。M&Aは多角化経営を迅速に実現するための有効な手段です。ただし、経営の多角化は、経営資源を各事業へと分散させることになるため、短期的にはコストの上昇が避けられません。こうした事実をきちんと理解したうえで、多角化経営の意義を考えることが重要です。

M&Aの基礎知識
2022/05/15